relay essay|連閏記
31|愚かしき祈り
タナミ ユキ(占い師)
ある日何気なくSNSの写真を見たら、丸いふっくらしたモノに赤、青、黄の昭和なデザインのウサギがピョンピョン跳ねていた。それを何かと友人に尋ねると布とペットボトルキャップで作ったピンクッション(針刺し)だという。
「作ってみたい」と思って検索し、作り方を学習する。必要なものは布とワタと糸、木工用ボンド、そしてペットボトルキャップ。布は売るほどある。元々染色作家だったし、今も寡作だが辞めた覚えはない。全ての種類の繊維が様々な手法と染料で、染められて屋根裏に大量にある。
板締め絞り、ムラ染、絵を描くように染めた刷毛染め。縫いやすさを考慮して、今回は綿と絹を選ぶ。通販で刺繍糸とワタ、リボンや綿の紐を購入。早速、自分で染めた布に小皿を伏せ、周囲に沿ってぐるっと丸を書き、何枚か切る。
そのまま丸く縫って絞り、ワタを詰めてキャップに入れたら出来上がり。でも、物足りない。私は切った丸い布に下絵もせず、刺繍枠も使わず刺繍することにした。刺繍は小学生の時に習ったチェーンステッチで、鎖のようなループが連なる。適当に感覚を置きうずまきを3つ刺繍してみた。周囲を縫ってワタを詰めると刺繍の柄の出方が予想外でときめく。
ペットボトルキャップには染めた布を木工用ボンドで貼り付ける。手先が不器用なので一個めは苦心惨憺した。直径4cm高さ4cm。ペットボトルキャップを土台としたピンクッションである。
「もっとやりたい」が家にあるペットボトルキャップはすぐ使いはたし、兄弟や友人に貰いに行く。
布を丸くたくさん切り、刺繍糸も近所に買いに行く。刺繍糸は単色でなく色が変色していく糸が安価で売っており、糸も染めるという大仕事をしないで済んだ。木工用ボンドとワタも大量に買い足す。そして、ソファに胡座をかき、ルーズなステッチでグルグルグルグル、うずまきを描き、毎日3個くらい作って食卓に並べていく。
「たのしい……」
面白くて仕方ない。きのこの様に毎夜増殖する感じも自分ごとではないようでうれしい。何があっても、毎夜続けてドンドン増えていく。友人たちから「今、何個?」と聞かれるようになってきた。「27個」、「30個」、3の倍数で増えていく。
並べるときれいなので、布と糸の色も選びぬく。黒い布には赤のボカシ糸、黒の次は赤地に深緑の色変わり糸。白に青のボカシ染に赤い糸。装飾過剰趣味なので、家にあった木製ボタンも使ってみる。
無の境地だった作業がデザイン的になって、ちょっと苦しくなって来る。やめてしまえばいいのにやめられない。一体いくつまで作ればいいのか。このグルグル作業はどこまで続くのだ。
家族に聞くとテキトーそうに「108個じゃない?」と言ってきた。煩悩の数ね、いいかもしれない。108個を目指す。毎日色を選びながらちくちくと、もはや苦行になりつつある作業を続ける。54個、57個……ぜんぜんまだまだじゃん。
相当飽きてきているが、休むことやめることが出来ない性分である。
「うーーーーーーん」悩んで、刺繍に意味を持たせることにする。渦巻きは縫うのが大変なので渦から直線や点に徐々に変化したり、形を持たせるのはどうだろう。内面のカオスの状態がだんだん整っていき、違う世界になるのを作ったらどうだろう。どこに発表するわけでもないのに、もう108個では足りない壮大なプランを考える。ステッチも変えて、線やら点やら花など実験的に刺繍する。
全然楽しくないし、もう並べてもきれいじゃない。増殖の喜びも湧かない。80個を過ぎた辺りで私は自然とやめた。
意味など持たせてはいけない。毎日不恰好な渦巻きを作り、並べて眺めるのがしあわせだった。楽しみを計画性という悪癖で無くして、物足りなくなり編み物などしてみた。全然楽しくない。作るのを中断したピンクッションは私から見えないように袋にぎゅうぎゅう詰め込み忘れることにした。
昨年、長野に旅行をし、茅野市尖石縄文考古館に行き、長い時間展示品を眺めた。火炎土器や縄模様の大量の展示物。見れば見るほどゾワゾワして、胸の内側を引っ掻かれるような心持ちがする。ものすごいエネルギーの出土品をジーーーーっと見ているうちにハッとする。
「あっ! 私のピンクッション!」
ああ、あれは表現欲求、生きる喜び、私の中に眠る生命力そのものだったんだ。人間の創作の原型。祈りだった。それを、残念なことに作業を続ける理由をつくるために、無理やり完成ビジョン計画を立て、おのれを縛った。祈りを形骸化してしまったのである。
急に腑に落ちて、何かに意味を持たせようとすることの愚かしさに情けなくなったが、胸のつかえも落ちた。
長野旅行が終わり、しばらく経ってから「あれを再開しよう。数なんてどうでもいい。作りたい時作れる時に無理せずまた渦巻きを刺繍しよう」と決める。ただ、一度折れてしまった心はなかなか立ち上がらず、作りたい時はまだ訪れていない。
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