書物の庭|戸田勝久
25|江戸の名残り─夢二、雪岱、三重三の木版画装釘本
左/『斧琴菊』泉鏡花著、小村雪岱装釘、昭和九年、昭和書房刊
中/『春のおくりもの』竹久夢二著、挿絵、装釘、昭和三年、春陽堂刊
右/『朝寝髪』清水三重三編著、装釘、挿絵、昭和二年、春陽堂刊
江戸時代中期以来春信、歌麿、広重、北斎など数多の浮世絵師たちが版元、彫り師、摺師と一体となり日本独自の多色摺り板目木版画が作られて来た。
完全分業制の版画制作システムは、それぞれの技術を磨き上げて絵師から渡された原画以上の質感の色摺り版画を作り上げ続けた。
世界に類を見ない繊細な多色摺り木版画は、幕末から維新後に海外で賞賛され日本美術の代表作品となった。それに反して日本国内には西洋文化が流入し、活版、平版、銅版画など西洋の印刷術を積極的に取り入れ一気に旧来の板目木版画技術は衰退していく。
新技術を取り入れると古い技術が失われて行くのが常で、仕方ないのだがその流れに逆らい江戸時代から培って来た日本独自の素晴らしい木版画技術を積極的に使い竹久夢二(1884-1934)、小村雪岱(1987-1940)、清水三重三(1893-1962)らが、大正から昭和にかけて美しい木版画装釘の書物を生み出した。
清水三重三
『朝寝髪』
清水三重三編著、装釘、挿絵、函、表紙、見返し、挿絵木版画、春陽堂、昭和二年刊、175×123mm。
今やほとんど忘れられている画家清水三重三は、明治二十六年(1893)に三重県四日市市に生まれ、大正八年東京美術学校彫刻科を卒業し、帝展に入選するも挿絵画家としての道を歩んだ。
大正八年に本書と同題の『朝寝髪』で上梓された前作があるが、関東大震災で絶版になったので、版元から新たに出版するに当たり挿絵を全て描き直し判型も変更されている。
著者の前書きに「縞の着物に角帯姿といった姿で恐る恐る校門を潜っては、ひそかな悦びと誇りを感じて居た」時代の産物であると記して、彫刻科を出た若者は江戸風俗の残照をこの一書に封じ込めた。
木版画で彩られた差し込み函と表紙
見返し木版画/浮世絵版画のように粋な風情
「この繪が、よしや、今の時流に合はなかろうとも-それは自分の知らないところである」前書きの締めに昭和二年の三重三の感慨がある
朝寝髪我は梳らじ美しき 君が手枕ふれてしものを
多色摺り木版画が十点入っている
涼し曙蓮吹く風が 絽蚊帳二人の夢さます
ぬしの來る夜は宵からしれる 締めた扱帯がそら解ける
著者後書きには、彫り師大倉九節と摺師田口陽康氏への丁寧な謝辞が述べられいる
函裏と裏表紙の木版画
竹久夢二
函表/果物籠、表紙/チリ入り和紙に格子模様木版画
函裏/紅梅と聖書を読む少女
『春のおくりもの』
竹久夢二著、挿絵、春陽堂、昭和三年刊、函、表紙、見返し、題扉木版画、口絵木版画一点、187×135mm。
大正浪漫を代表する詩人画家竹久夢二の生前最後の著作。夢二は春が大好きだった。デビュー作は『夢二画集 春の巻』、最後も『春のおくりもの』。自作の少女詩、短編、随想に挿絵を付けたもの。
千代紙のような春の梅紋様の見返し
題扉/夢二書の題名と紙に包まれた梅一輪の木版画
口絵/鮮やかなトランプの木版画
ペン画の凸版刷り、物思いに耽る少女は夢二ならではの一枚
「あなたたちへおくるこれが最後の贈物です」と前書きに記す
詩人画家夢二らしい詩と絵の交感
夢二と深い交流があった春陽堂の編集者 島 源四郎の仕事がこの本の完成度を高めたという。
小村雪岱
『斧琴菊』
泉 鏡花著、小村雪岱装釘、函、表紙、題扉木版画、春陽堂、昭和九年、226×165mm、本来は保護帙が付属しているが本書には失われている。
小村雪岱(明治二十年〜昭和十五年)川越生まれ、東京美術学校日本画科を卒業し国華社、資生堂に入社後に画家、挿絵画家、舞台美術家、装釘家として活躍する。
泉鏡花との出会いにより小説『日本橋』で初めての装釘をする。その後、木版画を多用した装釘本を次々と送り出し「雪岱本」と言われる情緒ある独特の書物世界を創り出した。
摺師の職人技が光る目の醒めるような絢爛豪華な木版画表紙
貝殻、花、鳥、陸海空を描く
白鷺に囲まれた著者「鏡花」の背文字
「天金」では無く、青く染めてある天青
アニメーションのように飛翔する白鷺
日本伝統の技術、多色摺り板目木版画の美しさ
大正十四年三月、春陽堂版『鏡花全集』十五巻の上梓に際して芥川龍之介が書いた推薦文の原稿の写真版
これが特徴的な「雪岱文字」
鏡花の師匠、尾崎紅葉の絵に鏡花の文字「紅葉先生画」、題扉の木版画
念の入った鏡花の前書き
三重三の『朝寝髪』のようにこの本にも「刻 大倉藤太 摺 田口喜久松」と木版画職人名を明記して礼を尽くしている
函はまるで干菓子のような紋様の桜、菫、土筆、蒲公英に始まり芍薬、燕子花、摺りの絵具の具合が絶妙
裏に回って桔梗、萩、芒、女郎花、梅へと季節が巡る趣向だ
整った美しい版組の奥付
竹久夢二、小村雪岱、清水三重三たちが残した美しい木版画装釘本は、明治維新後の洋本の時代に江戸時代から辛うじて生き残っていた浮世絵木版画職人を駆使した全く日本独自の本作りだった。そんな本作りを企画し実行した版元の見識と努力に感謝したい。
夢二や雪岱、三重三の木版画装釘本が書店の店先で新刊として平積みしてある昭和初期の街の光景を想像するとタイムスリップしたくなって頭がクラクラする。
傷み易く、褪色しやすい戦前の木版画装釘本に私は最高の敬意を払い、次代に継承すべく保存、鑑賞している。
現在、日本中に数えるほどしかおられない木版画職人さんたちの力を借りてもう一度このような多色摺り木版画装釘、挿絵の書物を出す事は、費用の面から今や大変困難な話だが、装釘仕事をする私にとって「いつかはきっと!」と願う夢である。
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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