書物の庭|戸田勝久


26|Ōtagaki Rengetsuの本


“Ōtagaki Rengetsu”
John Walker.MA, Kazuya Oyama, MA, 2014 Amembo Press, pp200, 255x305mm, The Rengetsu Foundation Project, Kyoto


約40年ほど前、京都寺町通を二条から北へ歩いていると侘びた店構えの古書肆「藝林荘」の飾り窓で美しい書の和歌短冊と出会った。

細く強い線で書かれた中に美しい丸みと張りのある平仮名の「の」が目に入った。他の字はあまり読めないが、いくつかある「の」が目に心地良く響いて作者が気になり店の引き戸を開けた。

蓮月和歌短冊「の」

薄暗い店の奥から小柄なおばあさまが訝しげに私を眺めている。
「すみません、表にある短冊はどなたの作品でしょうか?」
「蓮月と言う幕末の尼さんが書かはったもんや」とのお返事。
「何と書いてあるのですか?」
おばあさまは飾り窓から短冊を取り出してすらすらと読んで下さった。

「うかれきて花野の露にねむるなり こはたが夢の胡蝶なるらん」
なんとロマンティックな春の歌なんだろう!
「こんな読みやすい字は無いね」
おばあさまは私の顔を見てそう言われた。

私はわずかな文字しか読めないけれど、この短冊の伸びやかな「の」の魅力に惹かれ、まず参考書として杉本秀太郎著の『大田垣蓮月』を購入し、それを手引きに蓮月尼の世界に没入して行った。

それから京都の街を彷徨うとあちこちで蓮月さんの短冊と和歌が釘彫りされた手捻りの陶器と出会い、手元に少しずつ蓮月さんをお迎えしている。

大田垣蓮月(おおたがき れんげつ)寛政三(1791)年- 明治八(1875)年、江戸時代後期の尼僧・歌人・陶芸家。俗名は誠(のぶ)。彼女の生涯は波瀾万丈、大河ドラマのように変化に富んでいる。語り継がれた逸話の数々は戦前の勤王思想でもてはやされ、昭和18年吉井勇は戯曲『蓮月』を書いた。

彼女自身の素直なポエジーに満ちた分かりやすい和歌と繊細かつ強靭な線の書作品、その和歌を釘彫りした手捻りの急須、煎茶碗、花瓶などいずれも香り高い蓮月文学の世界を作り上げている。

その書跡と陶器作品等を一堂に集めた展覧会「大田垣蓮月 幽居の和歌と作品」が2014年春、京都の野村美術館で開催された。主催は蓮月研究家ジョン・ウォーカー氏と蓮月財団プロジェクト京都。ウォーカーさんの蓮月への深い理解と研究とコレクションの成果が私たち日本人に初めて示された画期的な展覧会だった。その折、私も拝見に上がり沢山の蓮月作品に興奮して、会場で作品を食い入るように眺めていたのを思いだす。幅広い蓮月の作品を網羅し、整理された未だかつて無かった濃い内容の展覧会だった。

その図録として115点の作品と3点の書簡を載せて和英対訳で作られた約200頁の大部の書物がこの『Ōtagaki Rengetsu』。

和英対訳で、本文横書き、横長の判型のハードカバー装

荘子の胡蝶の夢に着想した蓮月の和歌「こはたが夢の胡蝶なるらん」から扉には蝶が飛ぶ

内外のコレクターの協力を得ている

ジョン・ウォーカー氏の蓮月への賞賛と愛に満ちた序文

本文はめでたい歌の盃から始まる

文人画家富岡鐵齋は幼少期に蓮月に預けられ教育を受けていた 成人して画家となり蓮月の和歌に絵を描き合作した作品
蓮月が庵に居るさまを中西耕石が描き、彼女の春の和歌が賛してある

人口に膾炙した名歌「宿かさぬ人のつらさを情にて 朧月夜の花の下臥し」を釘彫りした茶碗と自画賛の軸、蓮月は四条派の画家たちとの交流が深く、自らの絵も四条派風の筆捌き

木版画の金魚下絵料紙に夢も涼しき夏の歌

冷やした煎茶菓子を入れる容器と瓢子型徳利、陶芸家として様々な器物を作っていた

煎茶道具以外にも抹茶茶碗や茶杓も制作した

徳利二本、料理屋や宿屋などからの註文もこなしていたらしく、店の屋号を彫り込んだ急須もある

貫名海屋が低唱していたと言う「山里は松の聲のみ聞き慣れて 風吹かぬ日は寂しかりけり」が白泥急須に鉄絵で書かれている

扇面に鐵齋との合作、時に蓮月八十才、鐵齋三十三才

掲載された115点の作品に就いての和英対訳の解説、簡潔に分かりやすく、新たな知見も入れながら蓮月研究の素晴らしい基礎資料

生涯と精神/蓮月の波乱に満ちた生涯を著し、蓮月が残した作品の時代を超えた普遍性を解説し、世界に広がる蓮月ファンのために和歌を多言語に翻訳して行く計画と言う
英訳は既に www.rengetsu.org にて公開中

蓮月にまつわる様々なエピソードを多くの書物や関係者の証言から拾い上げている蓮月理解の重要なパート

“The Rengetsu Foundation Project “と記され蓮の花を一輪配した裏表紙

熱が籠った素晴らしいこの蓮月本を見ていると、彼女は我々日本人よりも沢山の海外の理解者とファンを持っているのだろうと思えて来た。
研究者ジョン・ウォーカーさんの熱意と和歌英訳と本書出版のご努力に感謝し、これからも世界中に蓮月ファンが増えるのを期待している。

蓮月自筆短冊、絵は和田呉山


蓮月好きの必携本

『蓮月尼全集 上中下三巻』
昭和ニ年、編纂 村上素道、印刷 須磨勘兵衛、発行 蓮月尼全集頒布会、235x160mm、布貼り帙入り、布表紙装画 木島桜谷

蓮月没後に刊行された全集、和歌篇、消息篇、傳記篇の三巻の基礎文献

『大田垣蓮月』
杉本秀太郎著、昭和五十一年、淡交社刊、248頁、215×155ミリ

私はこの本で蓮月入門した

京都人杉本秀太郎さんの蓮月愛が書かせた書物

中公文庫、小澤書店と青幻舎版もあるので探しやすい

『閏』の毎月の表紙絵を描かれ「泥遊び 筆遊び」を連載されていた小児科医 加藤静允先生の曽祖父さまにあたる蘭方医(洋医) 安藤精軒先生が蓮月さんが亡くなられた時の主治医だった。

村上素道の『蓮月尼全集』に「漢方医」と誤記されているため、杉本秀太郎さんの本など後の書物は全て間違えて記されている。

「蘭方医(洋医)」が正しいので、世の蓮月ファンの皆様にご訂正を乞う。

私の愛用の蓮月茶碗
「蓮月手捻り煎茶碗五客」八十三才作、それぞれに違う歌を釘彫りしている、よく見れば蓮月さんの指紋が残っている

煎茶碗と急須の絵

蓮月自画賛/手すさびのはかなき物を持ちいでて うるまの市に立つぞ侘しき

 
 

戸田勝久(とだかつひさ)

画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。