書物の庭|戸田勝久


34|署名本さまざま


署名本さまざま

古書の世界では「署名本」を専門に蒐めるコレクターがいる。書物にインクや墨で記された作者の生々しい筆蹟を楽しむことが出来るので、洋の東西を問わず愛書家の書棚で愛蔵されている。

本に署名が入っている理由には、1─著者からの献呈、2─企画された著者署名入りの限定本、3─知人や読者からの依頼、4─サイン会、5─普通本の装釘の一部として署名される、などがある。

「文字は人なり」と言われるように作家の署名はその人を感じる手立てになりうるだろう。筆やペンで書かれた署名を眺めて、書かれたその時を思いながら本文を読むとより一層親しく作品世界に浸ることができる。

以下に並べた書物の署名と識語の筆蹟を眺めて、著者を想像しながらお楽しみくだされば幸い。



『銀砂子』鏑木清方著、小村雪岱装釘、岡倉書房、昭和9年、限定1000部、19.3×13.8cm、献呈署名本

序文で清方はこう書いている。
「装釘に小村さんを煩はしたことは、草餅を盛るに色鍋島の皿をもつてしたにも似てゐるが、せめて器だけはといふ心。雪岱さんの好意を謝す。」

装釘も能くする先輩画人の文章を彩るのには、相当の覚悟が要っただろう。

木版画の趣を感じるように、ベタと網点を上手く使った多色刷り印刷

「千代さま 清方」墨筆献呈署名、宛先がどなたかは不明ながら雅なお名前



『子規を語る』 河東碧梧桐著、肉筆表紙、汎文社、昭和9年、19.5×13.5cm

これは装釘としての署名。この表紙を1000枚書いたと言うから驚く、今までこの本を何冊も見たが全て違った書き振りだった。

「子規を語る 碧梧桐著」墨筆題書



『朝』 寿岳しづ著、岩波書店、昭和2年、19.4×14.0cm

寿岳文章と共に1943年に『紙漉村旅日記』共著を刊行したしづの唯一の小説。

「病院で結ばれた私達の友情を思いつつ この書を贈ります 森 豊子様 おてもとに 昭和八年六月雨はれし日 著者」ペン字献呈署名


『書物の道』 寿岳文章著、書物展望社、昭和9年、950部、20.0×15.5cm

日本における私家版出版の先駆け「向日庵」を開いた書肆学者の書物に関する随筆集。

「ほむべき哉 人生への窓として乃 書物 寿岳文章 一九四六・六・一二」墨筆署名


『詩集 若いコロニー』 北園克衛著、国文社、署名入限定80部、16.0×13.0cm

モダニズム詩人北園克衛が1932年にボン書店から上梓した同名詩集の戦後国文社版。

「北園克衛」 小型の可愛い詩集に似合わぬ大胆な墨筆署名



『詩集 終の栖』 城 左門著、ウスヰ書房、昭和17年、21.0×14.9xm

北園克衛の盟友である城 左門の和綴じ詩集。

「北園克衛様 城左門」 仲良し詩人の交友の跡



『晝花火』 岩佐東一郎句集、風流陣発行所、昭和15年、限定100部、16.9×11.5cm

堀口大学門下の詩人のモダニズム句集。

「佐藤春夫先生 茶煙亭」 先輩への尊敬の墨筆献呈署名


『郷愁の詩人 与謝蕪村』 萩原朔太郎著、第一書房、昭和11年、初刷1500部、19.3×13.5cm

詩人萩原朔太郎が江戸中期の俳人画家の句を自解した本。俳諧学者ではない詩人の自在な蕪村解釈が好ましく、私の蕪村入門書だった。

「丸山薫様 著者」 詩人から詩人へのペン字献呈署名本



『六號列車の女』 東郷青児著、昭和書房、昭和22年、18.0×12.5xm

画家東郷青児の推理小説めいた短編小説集。フランス仕込みの冴えた文章と洒落た筋運びで独特の世界がある。

「稲葉さん 婦人像淡彩画 東郷青児」
「一九四七年夏 東本春水画伯宅にて 東郷青児画伯揮毫 稲葉源印」の書き込みで時と場所がわかる



『美の世界』 佐藤春夫編著、朝日新聞社、昭和37年、15.0×15.0cm

文藝の大家による美しいものへの随筆集。有名画家が描き下ろしの挿絵が多数入った豪華な本。

「瀧井孝作様 恵存 壬寅新秋 佐藤春夫」 小説家から小説家への献呈本、瀧井は芥川賞第一回からの選考委員



『書の終焉 近代書史論』 石川九楊著、同朋社出版、1990年、20.0×14.0cm

現代書家石川九楊が本書でサントリー学芸賞を受賞した際作られた特製記念本。全ての箱は書名のみ金箔押しされ、著者名は自筆。

箱の背に肉筆署名がある
表見返しにも「石川九楊」と墨筆署名



『お能』白洲正子著、昭和刊行会、昭和18年、21.0×14.8cm

白洲正子生涯初めての著書、装幀は三代澤本壽、題字は芹澤銈介。

「横山様に 満さこ」墨筆署名


『遊泥二人集 其ノ二』 加藤静允、杉本立夫著、湯川書房、100部異装本、2000年、25.7×19.0cm

既に里文出版から出ていた本の元装を外して著者自画像二枚を付け、湯川書房が神戸須川バインダリーで革装に作り変えたもの。

「放下庵 杉本立夫 児科医 加藤静允」
「細石翁自画像 二〇〇〇年 平成庚辰春 静允画」
「泥牛自画像 二〇〇〇年庚辰春 放下庵画」


『ペレアスとメリザンド』モーリス・メーテルランク著、杉本秀太郎訳、山本六三表紙画、湯川書房、1978年、21.6×15.5cm

オペラにもなっているフランス語の有名な戯曲の翻訳本。この後に19世紀末スイスの画家カルロス・シュヴァーヴの挿絵入りで岩波文庫にもなった。

「カヨ子様 杉本秀太郎」 白で書かれた署名は珍しい


『御朱印舩』 川上澄生版画装本、日本愛書会、昭和17年、140部限定、16.5×24.0cm、非売

戦前の限定版美書制作で知られたアオイ書房の企画出版。表紙、本文全てが川上澄生の自摺手彩色の豪華な版画本。

「川上澄生」 署名入限定版


『詩集 龍骨』 竹中 郁著、湯川弘文社、昭和19年、18.6×13.5cm

「神戸の詩人さん」と呼ばれている竹中 郁の第6詩集。前出の栃木の版画家川上澄生への献呈署名本。

「川上澄生兄 竹中 郁」墨筆献呈署名


『星を売る店』 稲垣足穂著、金星堂、大正15年2月20日刊、18.0×14.0cm

文明開化の港街コウベを舞台にした短編ファンタジー集で、私の作品の源泉になっている。

「To T.Tosa from the Author Feb. 20 1926」奥付の刊行日が2月20日で刊行直後にペン字で献呈署名されている


『ハイカラ神戸幻視行』 西 秋生著、戸田勝久装釘、神戸新聞総合出版センター、2009年、19.5×13.8cm

稲垣足穂が好きな今は亡き大学時代の同級生の神戸モダニズムを巡る著書。友人の初めての刊行本に気合いを入れて装釘した想い出の一冊。

「戸田勝久様 夢の街 街の夢 西 秋生」原田の森の関西学院元図書館の拙画にイナガキ・タルホの書を配した表見返し


「署名入本」と言う言葉は本好きにはかなりワクワクする特別な響きを持っている。本の頁に著者の署名や識語が加わると書物に馥郁とした香りが漂う。

ある日、古書店で偶々手にした本に著者の署名を見つけたら、既に持っている書物であっても迷わず求めてしまい、また本が増えていく。いくつになっても同じことの繰り返しで書物と歳を重ねている。

 

戸田勝久(とだかつひさ)

画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。