書物の庭|戸田勝久


33|「理想の書物」を求めて


左:“The Ideal Book ” コブデン=サンダースン著、ダヴズ・プレス刊、1900年/右:『書物』 寿岳文章訳著製作、向日庵私家版
“IDEAL BOOK OR BOOK BEAUTIFUL, A TRACT ON CALLIGRAPHY PRINTING AND ILLUSTRATION & ON THE BOOK BEAUTIFUL AS A WHOLE”
Cobden-Sanderson,T.J.
8頁、original full vellum by the Doves Bindery, 23.5x17.3cm, 310部限定, The Doves Press, Hammersmith, 1900

書物の歴史を紐解けば、必ず出会う小さな巨人。

厚さ5ミリほど、本文もわずか8頁しかなくヴェラム(羊皮紙)で包まれたクリーム色の古風な書物。題して”The Ideal Book ”「理想の書物」と言う。

元法廷弁護士で工藝製本家、活字意匠家、著述家、版元ダヴズ・プレスの創立者のThomas James Cobden-Sanderson コブデン=サンダースン(1840-1922)が著した書物の美に就てのエッセイ。

彼は1883年6月24日にウィリアム・モリスの妻ジェーンから工藝製本の仕事を奨められ、その2日後、カヴァリー製本所に43歳で弟子入りし技術を修得、後に優れた工藝製本家として知られるようになる。

19世紀英国アーツアンドクラフト運動の最中に生まれたウィリアム・モリスの私家版書物制作所「ケルムスコット・プレス」を起点として中世の写本や初期印刷物に倣った手工藝印刷書物を新たな視点で作る動きが始まり、1892年サンダースンはケルムスコット・プレス設立と同時に製本工房ダヴズ・バインダリーを設立し、モリスから依頼された特別な製本も担当するようになる。

モリス没後ケルムスコット・プレスが1899年に全ての事業を終えて閉じられ、モリスの衣鉢を継いだサンダースンが1900年にダヴズ・プレスを設立しその後16年に亘り53冊の私家本製作を続けた。モリスの書物製作工房が終焉したすぐ後の1900年を境にサンダースンに依って近代書物の姿が立ち現れることになる。

工藝製本家としてコブデン=サンダースンはモリスの本作りの理念と技を継承しつつも、モリス様式の装飾を廃しタイポグラフィそのものの美しさを中心とした彼らしい20世紀の書物と本作りの規範を練り上げた。

本書は彼のダヴズ・プレス開版第一冊目の刊行書であり、私家版書物製作所の設立趣意書として上梓された。
近代の書物造本理念が著された本書は、寿岳文章、生田耕作、野村悠里氏により翻訳されている。

書物を構成する「書体」「印刷」と「挿絵」「装釘製本」がそれぞれ最も美しい状態で本文を支え、全体のバランスが緊密にとれたなら「美しい理想の書物」が完成すると。

中世に作られ神に捧げられた簡素で偽りの無い無垢な書物の姿を目指して産業革命以降の社会で新しい書物がどこまで到達することが出来るだろうかと問うている。

本文にはサンダースン自身の経験から得た美意識と指針と書物の歴史的発展の諸相を分析した総合的に「美しい書物」を目指す要素が、高みを目指す階段のように述べられている。

彼の言説は勿論西洋の書物についての事なのだけれども、その「美しい書物」の規範は日本に於いても受容され書誌学者、寿岳文章以来、湯川書房、奢灞都館までの日本の本作りに大きな影響を与えている。

英国を代表する「本作りの聖典」のようなこの薄い書物は、いささかも酸化しない手漉き紙に刷られアルカリ性の羊皮紙に護られて刊行後126年目のきょうも上梓されたばかりのような状態で眼前に在る。

ウィリアム・モリスがケルムスコット・プレスのために中世のボローニャ製の紙を見本にリネン素材だけで特別に手漉きせたジョージフ・バチェラー・アンド・サン社にサンダースンも同じく発注した

Doves Pressにちなみ二羽の向かい合う鳩とCobden-Sandersonと共同経営者の印刷活字研究家のEmely-Walkerの頭文字の透かしが入った本文紙

記念すべきダヴズ・プレスの開版第一冊目の題扉

かなり長い書名が彼の新しい書物作りへの意気込みを表している

モリスが住み印刷工房を作った印刷村ハマースミスのアッパー・マル地域に開かれたダヴズ・プレス

モリスが中世写本を分析して導き出した黄金比(本文の余白は、のど1→天1.2→ちり1.44→地1.728)を基本としている
サンダースンとエメリー・ウォーカーがダヴズ・プレス専用に制作した書体“Doves Type”(ダヴズ・ローマン体)
モリスが作った書体「ゴールデン体」をさらに磨き上げたダヴズ・ローマン体

1900年9月19日に完成したと記された簡潔で美しい奥付

慣習通りに最終見返しの下部に小さく誇らしげに刻された“THE・DOVES ・BINDERY”

ダヴズ・プレスのために作られた活字「ダヴズ・ローマン体」は奇異な運命を辿る。

1909年、印刷責任者エメリー・ウォーカーと共同事業の解消の問題が起きた。サンダースンとウォーカーは当印刷所のオリジナルのフォントであるダヴズ活字の権利を巡り激しく争っていた。既に締結されていた共同事業解消契約では、サンダースンの没後はダヴズ活字の権利全てがウォーカーに渡る事になっていた。
サンダースンはこれに反して自分以外にダヴズ活字の使用を認めず、将来的に粗悪に再鋳造されたり、大量生産される粗悪な書物に使われることを拒んで、ダヴズ・プレス近くのハマースミス橋からテムズ川へ活字と活字を鋳込む母型と原型であるパンチを1916年8月31日の真夜中に本格的に投棄し始め170回も橋に通いとうとう1 917年1月に合計約1トンにもなる自分の分身である活字の消滅計画、彼の契約違反行為は完遂した。

それ以降、名活字「ダヴズ・ローマン体」はこの世から消え去り、誰もこの書体で印刷する事が出来なくなった。しかし、書物に関わる人々は長年テムズ川を眺め川底からそれを救い出す事を夢想していた。

2014年11月遂に英国の書体デザイナーロバート・グリーン氏はロンドン港湾局の協力を得てハマースミス橋の川底を2日間潜水調査し約100年前に廃棄されたダヴズ金属活字151個を引き揚げた。彼はそれを元にデジタルフォント”Doves Type”を発表し、世界中の人々が美しい書体を使えるようになった。

引き揚げられた金属活字は発見者のグリーン氏から100年前に所有権を有していた故エメリー・ウォーカーのトラストに永久貸与され2016年秋から旧ウォーカー邸で公開されているという。

美書製作の地ダヴズ・プレスの所在を示すブループラーク表示板、ロンドンハマースミスのアッパー・マル15番地
ダブズ・プレスの隣にあるテムズ川を見渡せるパブ”The Dove”から名付けられた”Doves Press”、「パブ・ダヴ」は400年以上前から現在も営業中、この路地を抜けるとすぐ右手にモリスの家があり路地にはモリスのケルムスコット・プレス印刷所が在った
ウィリアム・モリス旧邸「ケルムスコットハウス」、ロンドンテムズ川を臨むハマースミスにある彼の終の住処(1878〜96年に居住)、2009年7月撮影



日本語版『理想の書物』

『書物』
コブデン=サンダースン、エリック・ギル、寿岳文章編訳著、昭和十一年三月発行、内外出版印刷、京都府乙訓郡向日町 向日庵私版、64頁、12ポイント活字のみ使用、用紙 雲州岩坂産手漉雁皮紙、19.5×13.5cm、200部印行、第1番から25番までは犢皮装本、頒価一冊20圓、51番から200番まで丹念紙装本、頒価一冊5圓/本書は175部の丹念紙装本

書物の庭 21」で既に紹介しているが、上記のダヴズ・プレス刊本『理想の書物』を翻訳紹介した和紙の本。

書肆学者の寿岳文章がコブデン=サンダースンに対する答えとして日本の書物工藝で「理想の書物」を和紙で作り上げた。美しい書物とは何かと書かれた本文に相応しい日本でしか出来ない素材の装釘。

蚕に卵を産ませる為の和紙「丹念紙」の表紙
サンダースンの英国手漉き紙に対しての日本雲州岩坂産手漉雁皮紙

見開きの版面の余白はモリスとサンダースンの形式に倣った寸法

寿岳文章私家版「向日庵」茶の実マーク

100年以上前、ロンドン郊外テムズ川沿いに在った小さな私家版出版社がわずか310部のみ刊行した『理想の書物』が、極東の島国にはるばる伝わり翻訳紹介され、近代西洋の装釘、造本に倣いながら日本独自の和紙の本が作られ、ここに東西2冊の書物が握手している。

T.J. Cobden-Sanderson 著の“The Ideal Book” 1900年と寿岳文章編訳『書物』1936年の冒頭頁
 
 

戸田勝久(とだかつひさ)

画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。