書物の庭|戸田勝久


35|英国の木口木版画の本


左/『英国の木口木版画 1900-1950』 右/『木口木版画』
“ENGLISH WOOD-ENGRAVING 1900-1950”
by Thomas Balston, 252×190mm,Art & Technics London,1951

「木版画」には大別して2種類の技法がある。日本の浮世絵版画の「板目木版画」と西洋の書物の挿絵に使われる「木口木版画」。版木の材に板目を使うか木口を使うかの違いがある。その違いは版画表現に大きな差をもたらす。
板目は大きな版画や広い色面を使った多色摺版画を作りやすい。木口は堅く緻密な彫りが可能で繊細な表現が可能になる。版を刷る際の絵具も違い、基本的には板目木版画に水性絵具、木口木版画には油性のインクとなる。

木口木版画の版木とビュランと言う彫刻刀

日本ではまだあまり馴染みがない「西洋木版画(wood-engraving )」は、柘植などの堅い木材の木口を磨いて平滑にした版木に鋭い鑿で彫っていき、インクを塗り版の上に紙を乗せ、プレス機で強い圧力を加えて刷り上げる。版の平滑な面にインクが乗り、彫った部分は白くなる。細い線が彫れるので、グラデーションやハーフトーンも彫った線の組み合わせで表現出来る。

「Wood engraving」は、当初は染織用の版として使われていたが、15世紀、活版印刷の発明と共に書物の活字と一緒に刷ることができる利便性から挿絵図版に多用された。19世紀、写真製版印刷の登場により需要が奪われ、私家版や限定本など小部数の特別な書物の挿絵印刷に使わるようになった。かつては修練を積んだ彫版職人が版を彫っていたが、1900年代初頭頃から自ら版を彫る木口木版画家が増えていき、より芸術性を求める方向になった。
ウィリアム・モリスの書物にはバーン・ジョーンズの挿絵原画を職人が彫った木口木版画が散りばめられている。モリス以後、彼の私家版制作に刺激され陸続と私家版制作者が現れて、それぞれ好みの版画家達と手を組んで美しい挿絵入本を出版していく。英国では現在までその流れが続いており、木口木版画は私家版と共に変化成長している。
今、英国には木口木版画家協会(The Society of Wood Engravers)があり、木口木版画の普及活動と画家たちの展覧会を催している。

ウィリアム・モリスのケルムスコットプレスやコブデン・サンダスンのダブズプレスで使われていた手刷り印刷機「アルビオン・プレス」(図版は“Prelum to Albion”1940年刊より)

私は木口木版画の世界を英国のウィリアム・モリスの書物やエリック・ギルの仕事で少しは知っていたが、1986年、オックスフォードのブラックウェルズ古書店で勧められた現代英国を代表する私家版The Whittington Press(書物の庭2|英国田園の美しい本に既述)の書物からその素晴らしさを改めて教えられた。

その後、木口木版画が入った書物を少しずつ求めて行き、ある時出会ったのがこの『英国の木口木版画 1900-1950』だった。

美しいパターンの表紙はJohn O’Connorの木版画デザイン
本文に用いた全ての版画は、コレクションされた原版から直接刷られており繊細な版画世界を堪能できる

19世紀には当たり前だった「画家が原画を描いて職人が彫る」という木口木版画では無く、画家自身が版を彫るようになった1900年頃から50年間の全く新しい芸術的な木口木版画の変遷を纏めたとの序文
序文の前頁には著名な彫刻家、版画家のEric Gillの版画「閉ざされた庭」
伝統を踏まえつつ新しい表現スタイルの Reynolds Stoneの版画

図版掲載版画家のリスト
図版は主に私家版書物の挿絵として制作されたもので、少部数出版のため世間にあまり知られていない作品が多く選ばれたという(本文には制作年代順に並んでいる)
19世紀末から20世紀初頭のアール・ヌーボースタイルの木口木版画家Lucien PissarroとGordon Craig
彫刻家、書体デザイナー、文明批評家、版画家として英国で名高いEric Gill

英国近代版画界の2人のパイオニア、Robert Gibbingsとダーウィンの孫娘Gwendolen Raverat
G.Raveratは以前「書物の庭16」で紹介した版画家、この「ポプラ並木」の彫りは木口木版画表現の素晴らしさを存分に味わえる

これらもG.Raveratの作品、右頁は版を重ねて刷った色刷り木版画
1914年と18年のEdward Wadsworthの白黒対比が見事な作品
本書中この3枚のみが、「Wood Engraving」ではなく彫刻刀を使った日本木版画に類する「Wood cut」の技法。これらの表現は後の木口木版画家に影響を与えたので、採用されている
Paul NashとEthelbert Whiteのモダニズムを感じる彫版
画家としても知られたEric Raviliousのアール・デコを感じる作品

効果的な色使いのGertrude Hermesの2色刷り版画
左頁 E.Fitch Daglishの写実と図案化を上手く処理した小鳥の絵、右頁 Clare Leightonのデフォルメした形態と繊細な彫版の程よいハーモニー
Agnes Miller-Parkerの2点

3色刷りの猫は、色版それぞれの色の重なりを考慮した彫版処理が美しい
C.F.Tunnicliffeの3点、前世紀の職人たちの洗練された彫版技術と近代的な立体表現を高い次元で融合させ、その後の木口木版画の道標となった

Clifford Webbの2点、彼も伝統的な技術で新しいイメージを彫っている
Clifford Webbの4色刷り版画、色版の使い方が斬新な作品

George E. Mackleyの3点、写実的な図柄だが近代に獲得した木口木版画独特の造形感覚で彫り方がモダンに処理されている
左頁6点Reynolds Stone、小さな版面に繊細に彫られた木口木版画の魅力に溢れた秀作、右頁3点Lynton Lambの挿絵と蔵書票2点
左頁4点Gwenda Morgan、アール・デコ風にデフォルメされシンプルで力強い作品、右頁2点Geoffrey Wales、デザイン化された画面に相応しい彫版技術
Gwenda Morganは1986年オックスフォードの古書店で作品集を求めて以来大好きな版画家
左頁 Alison Mackenzie、様式化された彫版技術が心地良い作品、右頁 John O’Connor、大胆な彫りの3色刷り版画
John O’Connor、近代木口木版画の世界が獲得した造形言語によって過不足無く彫られた愛すべき小品
左頁 7点 Joan Hassall 、近代的に完成された木口木版画の世界がある、右頁 Kingsley Cook、更に現代的な感覚を持った作品
左右3センチ程の小さな版木に彫られた緻密な世界
G.W.Lennox Paterson、最終頁の作品で本書刊行時1950年時点での木口木版画の姿を見ることができる。


“WOOD ENGRAVING ”
By R. John Beedham, With an introduction and appendix by Eric Gill, Faber and Faber Limited, London, 1943

1921年にエリック・ギルが出した木口木版画技法書の増補再版本
木口木版画の詳しい技法解説がされている
巻末の作例集、左頁 2点 Reynolds Stone、右頁 Agnes Miller Parker
左頁 Gwen Raverat、右頁 Robert Gibbings
巻末にはロンドンの版画用紙店と有名な版画用品専門店のT.N.Lawrence & Sonの広告、実用的な技法書だ


木口木版画は、成長が遅く緻密な材質の木材の木口を版木に使うため大きな版面を作りにくいので、自ずから小さな作品が多くなる。それは大画面を求めない書物の挿絵としては都合が良いことで、たくさんの挿絵入本が作られた。英国挿絵本の豊かな世界は木口木版画の力に依るところが大きい。特に19世紀末以降現代に至るまで、木口木版画入りの素晴らしい書物の数々が作られた。

限定版では無い大部数の出版にもオリジナルの版木を用いて挿絵を刷った書物もある。それは堅い版木と鋭く深い彫版技術の賜物だと言える。

書物と手を携えて歩んで来た木口木版画。現代においても英国では若い世代の版画家達が現れて、木口木版画の挿絵入本が日々出版されている。英国の木口木版画家達はさらに変化しながら、これからも「English Wood-Engraving」の豊穣な世界を作り続けるのだろう。

 

戸田勝久(とだかつひさ)

画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。