書物の庭|戸田勝久
37|鏑木清方の本 其の二
前回に続いて画家であり文筆家の鏑木清方の随筆集5冊をご紹介。
『蘆の芽』
著者自装、挿絵22枚、相模書房刊、昭和十三年、22.3×15.5cm
清方自身が楽しみながら挿絵を描いて、内容と構成を考え本作りをした様子が伺える清方本の隠れた名著。
扉絵、題著者名共にすっきりとした木版摺
「蘆の芽」についてのはしがきは、画人としての眼を強く感じる文章
「明治風俗十二ヶ月」この本のハイライトの箇所、清方が個展で発表した12点の明治風俗画の写真版それぞれに自解を付けている
かるた(一月)けいこ(三月)菖蒲湯(五月)氷店(八月)平土間(十一月)「一畫一文」 今井橋の富士、堀切、行徳の常夜燈、濱名湖畔と題した4篇の鏡花風随筆のそれぞれに絵を付けて挿絵画家らしい頁挿絵は白黒印刷だが、落款印はちゃんと朱刷りに『鏑木清方随筆選集』
著者自装、「こしかたの記」と「四季しのぶ草」の2冊箱入り、本文用紙特漉き鳥の子、600部限定、双雅房刊、昭和十六年、18.6×13.5cm2冊の表紙は「鳥ノ子銀光紙」と言う雲母引きのような和紙、瀟洒な本作りで知られた限定本の版元双雅房の制作、厳しい時代のこの贅沢な和紙の用い方に版元の意気込みが伝わってくる特漉き奉書紙に手摺木版の題扉
清方曰く「『こしかたの記』は、作者の自叙傳の一部とも云ふべく併せて明治時代の記録として作者が青年期に直接接觸したる事物を寫す。」
本文、特漉き鳥ノ子紙2色刷り江戸の面影を偲びながら、明治の下町を語る清方節「四季しのぶ草」表紙
清方曰く「『四季しのぶ草』は、作者が四時の自然より受けたる折々の感懐情操を文章に托したるもの傳統の蓄積による純日本的生活をこよなく愛する作者の心境この篇に収められたるが多し。」
囲み罫線は緑色春夏秋冬の随筆に分けた木版手摺絵の章扉
『連翹』
鏑木清方著、昭和18年、大雅堂刊、カバー木版摺、18.5×13.0cm
木版摺の題扉画家仲間への想い出語りは貴重な記録深い関わりがあった浮世絵学者藤懸静也の還暦記念肖像画制作時の記録『絵具筥』
鏑木清方著、500部限定、昭和十九年、双雅房刊、18.6×13.5cm
清方曰く「畫家なる作家が繪畫による體驗を叙せるものあり、人物評論あり、一面明治繪畫史的の閲歴の記述あり。この一篇全く繪畫に關するもののみを収録す。依って名づけて『繪具筥』と云ふ。」
箱に黄土色の染め紙、見返しは銀揉み紙題扉木版摺、献呈署名入り敗戦前年の刊行なのでいくら美書刊行の版元「双雅房」と言えども本文用紙は良くないが、この時期に精一杯風雅な装いで世の中の災厄に抗っている戦意高揚のひと言も無く、江戸情緒に満ちた随筆集だ雑誌『苦楽』、昭和二十三年、十一月号、苦楽社刊、鏑木清方表紙絵、20.5×14.5cm
戦前にもプラトン社の雑誌『苦楽』はあったが、これは雑誌名を買い取った別の版元による戦後、占領下の雑誌。占領期ながらアメリカナイズを拒んで日本らしさを強く出した編集方針で、清方は表紙を担当し毎号力作を描いている。新しい時代を迎えた明治の画人の新たな出発を見る。
文筆家條野採菊(じょうの さいぎく)を父に持ち、挿絵画家から始めて画家となった鏑木清方は、明治、大正、昭和の日本の凄まじい変動を横目に見ながら、淡々と筆を運び、93歳でこの世を去った。
御維新後11年目に生まれ、近世を背負った近代江戸っ子画人の呟きをこれらの瀟洒な姿の随筆集で味わうのは密やかな愉しみだ。
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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