白の光束(ルーメン)|サイトヲヒデユキ




3|いち にの さん


 

高円寺を好きになった理由は幾つもあるが、此処が古書店の集まる街だという事が大きい。

時代と共に減衰してしまったが、個性を持った店は今も粒揃いで、その中で良く通う店のひとつに「えほんやるすばんばんするかいしゃ」という絵本専門店がある。

駅の南口の賑やかな商店街を進み、アーケードが終わる辺りで右に曲がるといかにも高円寺らしい懐かしい雰囲気の通りが現れる。最初の細い小径を左に入ると手書きの看板を見つけることができる。暗渠になった桃園川のほとりにある、古い長屋のような造りの建物に小さな店が連なり、一番端の二階にその店はあった。

細く天井の低い階段は大柄の私にはとても窮屈で、その度したたかに頭をぶつける。首を丸めながら2階へ上がり仄暗い部屋を覗くと、そこにはどこかの国の屋根裏のような世界が広がっていた。丁寧に整理された棚には海外の古い絵本が所狭しと佇んでいる。たった4畳半しかない時間の止まった異次元に、胸の高鳴りを覚えた。

初めてこの店を見つけた日、本に憧れを持ち始めた幼い頃の気持ちにまた逢えたことが嬉しくて、それからというもの定期的に訪れるようになっていった。

奥の隅に人がようやく座れる空間があり、そこに店の主人が居た。若くしてこの店を始めたマッシュルームカットの小柄な青年は荒木健太といった。当時、いつ訪れても流れている音楽は高田渡だった。彼は中央線の文化をかがやかせている人物のひとりだと思った。

世界の古い絵本を見ていると今では忘れられた工夫や手仕事が随所に施され、先人達の仕事に敬服すると共に、ただ美しい本を贈りたいという作り手の無垢な喜びを感じる。少部数でも折ったり貼ったり手を施して、小さな感動を重ねていきたいという私の想いはこうした古い本を見て生まれているのかもしれない。

しばらく経った或る日、荒木さんは絵本作家を連れて来た。るすばん10周年に向けて、一緒に絵本を作れないですか? と相談された。

きくちちきという、当時まだデビューしたばかりの絵本作家だった。

大きくゆっくりで思慮深い印象、のびやかで優しい線を描く。
彼も自ら手製本をして少部数の絵本を作るという。
お互いあまり語らずにいたが、なにか仄かな燦きのようなものを感じて「良い本にしましょう」と応えた。

そして、ちきさんは「いち にの さん」という題名の1から10まで数えるだけのシンプルで楽しい話を作ってきた。荒木さんはそれを見て、せっかくの初めての自費出版なので、いろいろな印刷方法で見せる本にしたいと云った。

創るという行為の大きな理解者を得て、高円寺の小径の小さな空間から世界に本を届ける心踊る旅が始まった。

出版や流通の論理を超えて、我々がいちにのさんっと数えながらこの街から放った小さな光が誰かが100まで数えた先にも届くように。


 

lumen 3

 

函には私が使っているアダナで活版印刷をして題箋貼りをした。
表紙は3色の孔版印刷(シルク印刷)、見返しにシルバー。
本文の原画は色の版ごとに描き分けてもらい特色4色を使った油性のオフセット印刷にした。
背布には箔押し。
奥付に作家が彫った木版画を手刷りして仕上げた。

ドイツ装の特徴でもある背が飛び出したような段差。

この造本の特性である部分を箱に入れた時に飛び出させて引っ張り出せるツマミとしての機能を意匠に持たせている。


「いち にの さん」
きくちちき
2014年 えほんやるすばんばんするかいしゃ刊
257×153mm
ドイツ装製本、函付き
活版印刷・木版印刷・シルク印刷・
特色5色オフセット印刷・箔押し
編集・装幀/サイトヲヒデユキ
発行人/荒木健太

造本装幀コンクール 審査員奨励賞


サイトヲヒデユキ(装幀・造本家)

装幀・造本設計・グラフィックデザインに携わり東京と沖縄を拠点に活動。東京・高円寺にあるデザイン事務所併設のギャラリー『書肆サイコロ』主宰。古物商。活版印刷業。


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