読めもせぬのに|渡会源一
13|世界一の本
だいぶ昔に刊行された子ども向けの冊子『ものしり世界一日本一』(1961)を眺めていたら、世界一大きな本としてベルリン国立博物館所蔵の地図帳(1666)が紹介されていた。縦1.75m×横1.05mで、20枚の地図を張り合わせた見開き2ページの「本」である。あまり書物らしい趣きではない。世界一小さい方は、縦6mm×横4.5mm、34ページ構成の『ルバイヤート』であるそうだ。
所謂ギネスブックによると、現在、世界最大の本はブラジルで刊行された縦2.01m×横3.08mの『星の王子さま』、最小はロシアの縦横0.9mmの『カメレオン』(チエホフ)である。
大きい方も小さい方も、技術の進展でいくらでも記録更新は可能なのだろう。
私としては、世界最大の本と云うならナポレオンの『エジプト誌 Description de l'Égypte』(1809-29)を迷わず推したいところだ。全23巻で、そのうちのアトラス(図版集)が縦1.1m×横0.71mというサイズである。
『エジプト誌』の全容
ナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征(侵略)の成果を纏めたものであり、エジプトの自然、歴史、文化が精緻な図版とともに紹介されたことにより、西欧世界に古代エジプト・ブームを巻き起こすことにもなった書物である。図版も含めて基本は単色印刷であるが、一部の図版は多色刷、乃至手彩色になっている。
ナポレオンの戦利品、略奪品のカタログであると云えなくもないが、そもそも博物館自体がそうした文物の展示場だった。独裁者が手掛けたものとしてはこの巨大な書物、大軍艦や大きな爆弾をつくることに比べれば、まあ微笑ましい部類には入るのだろう。
もしかしたら、スフィンクスやピラミッドの巨大さに驚いたナポレオンが、自分も兎に角大きな何かを拵えたくなって始めた出版計画だったのかもしれない。
『エジプト誌』よりピラミッド
『エジプト誌』鉱物篇の1ページ、右上隅は大きさの比較のために添えた岩波文庫
実は手元にその1ページがある。本野虫太郎という筆名の先達に譲って頂いた宝物だ。1ページで十分である。万が一、こんな書物丸ごと入手できたとしても、我が棲み家にはそんな畳のような本を収めておける書架はないのである。
以下、いずれも『エジプト誌』より
渡会源一(わたらいげんいち)
東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。
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