読めもせぬのに|渡会源一


15|それでも世界は終わらない


西洋の予言についての言説は、もとより「聖書」と深く関わっている。念のため区別しておくが、「預言」は神に託された言葉、「予言」は未来予測である。ただ両者の意味が重なっている場合も多い。
西洋の歴史を眺めてみると、要所要所が「黙示録」、とりわけ「ヨハネの黙示録」に彩られていることが判る。内容は、世界が数々の厄災に見舞われた末に滅亡し、キリストの再臨によって時間も空間も超越した神の国「千年王国」が到来するというもの。後にはプロテスタントによって未来予言(預言)の書として重視された。著者は「ヨハネによる福音書」の使徒ヨハネであるとも、同名の別人であるともされる。
この「ヨハネの黙示録」の視覚的イメージを決定付けたのが、スペインの修道士ベアトゥス(730−785)の『ヨハネの黙示録註解』(776)である。当時、世界の終末は西暦800年(計算方法によって諸説がある)とされていたので、まさに世界の終わりを目前に控えた出版だった。これは最初の挿絵入り「黙示録」でもあり、多くの写本が作られている。その挿絵群がなかなか魅力的なのだ。些か不謹慎ではあるが、現代の我々が怪獣映画やパニック映画に興じるような心情が窺われる。むしろそうした現代の映像作品の方が余程恐ろしいと思えるほど、黙示録写本の挿絵は愛らしい。何れにしても「ヨハネの黙示録」は、西洋文明のあり方に多大な影響を与えた。研究者によっては、カール・マルクスの革命思想も「黙示録」の「千年王国」の影響下にあるとされているほどだ。
実際には、西暦800年をいくら過ぎても、幾多の厄災は続いたものの、世界が終わることはなかった。

以下図版は『ヨハネの黙示録註解』の「ファクンドゥス写本」より(トップ画像も)


そうなって来ると、世界の終末よりも、頻繁に生起する戦争や飢饉や疫病の流行などの方が、当面の関心事になる。コンラート・リュコステネス(1518−1561)の『怪異と予兆の年代記』(1557)は、そんな日常的な厄災を予測し解釈するために編纂された一書だ。「聖書」の時代から現代(16世紀)に至るまでの怪奇現象を何らかの予兆として読み解いたもので、モノクロームではあるが1500点ほどの図版が収められている。ただし流用図版もかなり多いところが、ご愛嬌。
「聖書」についての記述を皮切りに、プリニウスやコンラート・ゲスナーの「博物誌」からの引用が続き、その部分はさながら怪人怪物図鑑の様相を呈している。以降は、彗星や異常気象、異常出産などの「事件」が年代順に並ぶ。
こちらも「黙示録」の挿絵と同様、未来予測やキリスト教的啓蒙のためというより、好奇心の赴くままに奇怪な事象を集めたようにも見えてくる。だからこそ少々悍ましい内容ではありながらも、なかなか目が離せなくなるのだろう。

以下図版は『怪異と予兆の年代記』より

 

渡会源一(わたらいげんいち)

東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。


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