読めもせぬのに|渡会源一
17|美味しい一冊
江戸の『豆腐百珍』のような一冊、海外にもないかと探してみてもなかなか見付からなかった。
世界最古の料理本とも云われる『アピキウス(Apicius)』は、古代ローマのレシピ本で、何度も復刻されているが、本文には図版はない(トップ画像は1498年版の扉より)。
料理をテーマとした有名どころに、例の「君が何を食べているかを教えてくれれば、君がどんな人間かを教えてあげよう」で知られるブリア=サヴァランの『美味礼賛(Physiologie du Goût.. , 1825)』があるが、この本もビジュアル面ではそっけない。だいたいこの本の正式タイトルの和訳は「味覚の生理学、或いは、超越的美食学をめぐる瞑想録;文科学の会員である一教授によりパリの食通たちに捧げられる理論的、歴史的、時事的著述」であって、料理哲学書なのである。
1848年版の『美味礼賛』の扉絵
フランスを代表する古典的レシピ本としてはタイユヴァンによるとされる『ル・ヴィアンディエ(Le Viandier, 1300頃)』の名もよく挙げられるようだが、これも挿絵はない。まあ中身を読みこなせば、それなりに興味深いのだろうが、何せ「読めもせぬのに」であるから、図版を頼りにするしかない。
『ル・ヴィアンディエ』のほぼ唯一の挿絵。
いろいろ引っ繰り返しているうちに目に付いたのが、1859年にドイツで出版されたロッテンフェーハーの『高級料理指南(Anweisung in der feinern Kochkunst)』だ。現在のドイツ料理そのものには、あまり惹かれないけれど、この本はマクシミリアン2世の料理長によるもの。フランスやオーストリアの料理も含まれている。野菜や禽獣、魚介など、食材の絵も掲載されているが、きちんと盛り付けられた料理図版満載である。料理もできず、ドイツ語も満足に読めぬままに、そんな図版群にのめり込んでいるうちに、あることに気付いた。ちっとも食欲がそそられないのである。どうやらヨーロッパの料理、あるいはその盛り付けは、建築のようにあるべきらしい。
以下は、『高級料理指南』より
渡会源一(わたらいげんいち)
東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。
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