読めもせぬのに|渡会源一


20|天使のお尻の棲む処


中華思想と云うものがある。別に権力者や為政者ではなくとも、誰だって世界の中心には自分が居る。そんなに広くもない島国でありながら、その国号「日本」もまた、中華思想の一種の表出だと思う。
いずれの国でも、その中心から離れる程、野蛮で妖異な土地が設定されることになる。

長い間、中国の文物にはあまり関心がなかった。『西遊記』は一度は読み通したいと思っていたし、『捜神記』、『述異記』、『宣室志』、『酉陽雑俎』などの所謂、志怪小説も、岡本綺堂の作品を通じて多少は馴染んでもいた。それでも中国文化にはさほど注意を向けてきたとは言い難い。

それを一変させたのが地理書『山海経』(紀元前3世紀頃成立)との出会いである。陰陽五行では、北方は玄武(亀蛇神)、南は朱雀、東西は青龍と白虎に護られていると云う程度の知識はあった。それでも『山海経』、正確に云うなら『山海経』を図像化した『山海経広注』(清代)には肝を抜かれた。西欧でもプリニウスの『博物誌』このかた、辺境には異獣や奇怪な民族が棲まうという考え方はあった。概ね伝聞を重ねた結果、或いは地方の神話や伝承をそのまま事実として記録したもので、常識的な想像力の裡にある。ところが『山海経』は異様にも程がある。

『山海経』はもともとテキストと図がセットになっており『山海図経』と呼ばれていたが、大元の図の方は散逸している。中国は王朝が変わるたびに大量の資料が失われるので、原典がそのまま残されるのは奇跡のようなものだ。その構成は大きく「山経」と「海経」から成り、「山経」はさらに、南山経、西山経、北山経、東山経、中山経に、「海経」は、海外南経、海外西経、海外北経、海外東経、海内南経、海内西経、海内北経、海内東経、大荒東経、大荒南経、大荒西経、大荒北経に、分けられる。『山海経広注』は、『山海経』の図を復元した幾つもある書物の一つである。

以下の図は(トップ画像も)明治時代に日本で刊行された『山海經』より。


『山海経』という書名を見る度に私の頭に浮かぶのが、「帝江」。この一枚が私の『山海経』イメージを決定づけたと云える。西山経に記録されている神獣である。天山に棲み、黄色い袋のような姿で、口も目鼻もなく、6脚で4つの翼を持ち、歌舞に詳しいとされている。こんな天使のお尻のような神獣、どんな風に想像、いや妄想したら思い付くのだろうか。白髪三千丈の国とは云われるものの、古代中国の想像力、可成り常軌を逸している。

以下は、『山海経広注』より。

以下は、柳田國男がコレクションした「山海経図」の彩色版『怪奇鳥獣図巻』(成城大学図書館所蔵)より。https://www.lib.seijo.ac.jp/guide/digitalarchive/Kansu/01_kaikichojyu.html

 

渡会源一(わたらいげんいち)

東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。


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