読めもせぬのに|渡会源一


27|噴水と迷宮


ゲオルク・ベックラー(Georg Andreas Böckler:1617–1687)

不思議な図版や奇妙な図像を探していた時、海外の図書館データベースにラテン語の「CURIOSA」で検索を掛けたことがある。殆どは、近世にはヨーロッパではまだ珍しかった動植物の図鑑や考古遺物の型録、あるいは奇病を扱う医学書等だった。そんな中で出食わしたのが『Architectura curiosa nova』(1664)である。やけに「噴水」と「ラビリンス(迷宮、迷路)」の意匠図が多かった。この本のどこが「CURIOSA」なのか訝しい。確かに「ラビリンス」には「CURIOSA」の匂いはするものの、当方の期待には程遠い。「Architectura curiosa nova」を直訳すると「奇妙な新建築」ということになるが、どうやらこの「奇妙」は「興味深い」と解釈するのが正解だったようだ。
著者のゲオルク・ベックラーは、17世紀ドイツの宮廷建築家にしてエンジニアであり、その主著は『Theatrum Machinarum Novum(新しい機械の劇場)』(1687)の方であるらしい。これは動力(水力、牛馬、人力。要するに産業革命以前の動力)による、当時の最新機械を図入りで解説したものである。『Architectura curiosa nova』の方の「噴水」も、そんな機械として扱われているのだろう。
それにしても「噴水」や「迷路」だけでかなり分厚い著作を纏め上げたベックラーの熱意の方が、余程「CURIOSA」である。

『Theatrum Machinarum Novum』扉絵

『Theatrum Machinarum Novum』より風車

『Theatrum Machinarum Novum』より水車の動力で水を汲み上げる機構

『Theatrum Machinarum Novum』より水車の動力で水を汲み上げる機構

『Architectura curiosa nova』扉絵


以下は『Architectura curiosa nova』より噴水


以下は『Architectura curiosa nova』より迷路


噴水はもちろん日本にだってある。古くは奈良の石神遺跡の須弥山像や石人像も、大陸から移入された当時の最新技術による一種の噴水であると考えられているが、以降、日本の庭園では、滝や流水はさておき、噴水が構築されることはなかった。我々がイメージするような噴水は、1861年に金沢兼六園に作られたものが最初だったとされている。してみると逆に、噴水(そして迷路も)が、ヨーロッパの庭園に盛んに取り入れられた、その理由がちょっと気になって来る。

 

渡会源一(わたらいげんいち)

東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。


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