読めもせぬのに|渡会源一
28|庭の骨格
1時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたいなら、結婚しなさい。
1週間幸せになりたいなら、牛を飼いなさい。
一生幸せになりたいなら、庭師になりなさい。
などという諺があるそうな。異同も多く、「庭師」ではなく「釣師」だとするものもあるようだが、庭師や釣師の幸福は何となく想像がつく。多分、ここで云う「庭師」は庭の手入れをする人のことだろう。一から庭を造るとなると、少々話は違ってくる。
日本の造園の教科書と云えば、やはり『作庭記』が挙げられる。寝殿造の庭園を対象としたもので、元々のタイトルは『前栽秘抄』である。編者は歌人、橘俊綱(1028–1094)であり、「枯山水」と云う言葉の初出文献であるともされる。尤も『作庭記』の「枯山水」は、水の無い場所に築山や野道をつくり、石組をすることであり、龍安寺の石庭のような現代人がイメージする「枯山水」の登場は、室町期になってからのことだ。
『作庭記』の翻刻本はだいぶ以前に手に入れたのだが、ずっと積読状態だった。伝わっている写本には図が一つもないことも、その頁を開く切掛が持てなかった理由である。ところが改めて読み始めてみると、中々面白い。
その目次は、「石を立てん事、まづ大旨をこころうべき也」「石を立つるには様々あるべし」「嶋姿の様々をいふ事」「滝を立つる次第」「遣水の事」「立石口伝」「禁忌といふは」「樹の事」「泉の事」「雑部」からなる。植栽や庭の手入れについては、さほど詳しくない。作庭の要諦は、飽くまでも石組と水の按配にあるのだ。全編に亘って中国の陰陽五行説の影響が強く、植栽についての記述も、「人の居所の四方に木を植えて四神具足の地となすべき」とあり、そのちょっとした説明くらいなのだ。都城造営に際して、東に流水(青龍)、西に大道(白虎)、南に池(朱雀)、北に丘(玄武)がある土地が選ばれるが、庭では、流水がなければ9本の柳、大道がなければ7本の楸(キササゲ)、池がなければ9本の桂、丘がなければ檜3本を、「其々の方角に植えれば、福禄備わり無病息災である」と云う。
個人的に特に興味深いのが「禁忌といふは」の部分である。自然の中で臥していた石を庭で立てて用いると、石は霊石となって祟るなど、石の扱いは一歩間違うと様々な祟りをなすことが、かなり詳細に綴られている。
こういう内容を読んでしまうと、図版がないのが残念である。
ここでは、『作庭記』とも内容が重なる室町中期に謎の僧侶、増円が編纂した『山水并野形図(せんずいならびにのがたず)』の図版を参考のために載せておく。
絵入りの造園書と云うことでは、やはり江戸時代に多くの指南書が刊行されている。室町時代の伝説的造園家、相阿弥に仮託した『一名相阿弥築山山水伝』があり、各地の名園も図入りで紹介されている。広く流布したものでは、『作庭記』以降の造園術の集大成とされる北村援琴(生没年未詳)の『築山庭造伝』(1735)がある。これには以前紹介した秋里籬島によって後編(1828)も作られている。
以下は『一名相阿弥築山山水伝』より
以下は『築山庭造伝』より
渡会源一(わたらいげんいち)
東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。
< 27|噴水と迷宮 を読む