読めもせぬのに|渡会源一
29|二つの世界を往来する
アタナシウス・キルヒャー(Athanasius Kircher:1602−1680)とロバート・フラッド(Robert Fludd:1574−1637)と云えば、ヨーロッパ近世初期の図像メーカーの双璧である。すでに紹介したキルヒャーがドイツ出身のイエズス会士であるのに対し、フラッドは英国の医師にして薔薇十字団のシンパサイザーだった。
本人が実見しているかはともかく、キルヒャーは具体物を主たる対象としていた。フラッドの図像群にも具体物は少なくはないが、どちらかというと見えない何かを追求していたように思える。
其のフラッドの主著が『両宇宙誌(Utriusque cosmi maioris scilicet et minoris metaphysica, physica atque technica historia)』である。両世界とはマクロコスモスとミクロコスモス、すなわち宇宙=神の世界と人体=人の世界のこと。以下のような構成である。
第1巻 「大宇宙」篇
第1部 形而上学と宇宙の起源(1617)
第2部 大宇宙技術誌(学芸、技術と科学)(1618)
第2巻 「小宇宙」篇
第1部─1 霊的心理学(1619)
第1部─2 小宇宙技術誌(心理学的諸科学)(1620)
第2部─1 1〜2 超自然誌(神智学とカバラ)(1621)
第2部─1 3 解剖学的円形劇場(解剖学)(1623)
第2部─1 4 宇宙の気象学(気象学と宇宙論)(1626)
第2部─2 [未刊]
第3部 [未刊]
現在、R・フラッドは神秘思想家に分類されている。ただ当時は、占星術と天文学、錬金術と化学が明瞭に分化していたわけではないのだから、単純にそんなレッテルを貼って済ませるわけにもいかない。あのニュートン(1642−1727)にしてからが錬金術に深い関心を示していたし、見方によっては立派な神秘思想家なのである。寧ろフラッドは、マクロコスモスとミクロコスモスを対置することで、神秘と人智を正確に切り分けようとしていたとも思われる。当時主流だった伝統的ガレノス(129頃−216頃)医療に対し、新興のパラケルスス(1493−1541)医療を推奨していたり、ヨハネス・ケプラー(1571−1630)との間で天文学論争を展開していたりもする。
彼のライフワーク『両世界誌』は、文字通り見えないもの含めた世界の全てを記述しようとした試みなのである。勿論、そんなことには無理がある。だからこそ、その無理を承知で作られた彼の図像が、今もなお魅力的な光芒を放ち続けているのだろう。
『『両宇宙誌』第1巻 「大宇宙」篇の総扉
「大宇宙」篇より「プトレマイオスの宇宙」
「大宇宙」篇より「大いなる暗闇」(創造以前)
「大宇宙」篇より「水の分離」
「大宇宙」篇より「中心の宇宙」
「大宇宙」篇より「光あれ」
「大宇宙」篇より「神聖一絃琴」
「大宇宙」篇より「太陽の創造」
「大宇宙」篇より「音楽の神殿」
「大宇宙」篇より「測量」
渡会源一(わたらいげんいち)
東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。
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