やるまいぞ、やるまいぞ|遠藤利男


3|「欲望という名の『橋懸り』」


 連載第一回の時、「暴発する欲望」というようなことを書きました。私は最近、狂言という劇を突き動かしている核が「欲望」だと思っているからです。そして、それについて更に書こうと思っている時に、ふと思いついた、副題が「欲望という名の『橋懸り』」です。
 おかしな副題と思われる方が多いでしょうが、クスリとでも笑われる方は、かなりの年齢で、私と同じ昭和初期生まれ、その上、映画青年であったか、更には数少ない演劇通の人でしょう。そうです、これは誠に古い話ですが、1952年に公開されたアメリカ映画の名作「欲望という名の電車」(テネシー・ウイリアムス原作・戯曲、ビビアン・リー、マーロン・ブランド主演、エリア・カザン監督)という題名のモジリです。猿楽(能・狂言は嘗てはそう呼ばれていた)風に言えば、「秀句」(しゃれ・ギャグ)の一種です。
 映画は、崩壊するアメリカ南部富裕層の女性と、同居させてもらっている妹の夫でポーランド移民の下層労働者、の二人が主人公。女性はボロボロになったプライドを維持しようと欲し虚栄虚飾で生きている、男はその仮面を打ち砕こうと欲望する。第二次大戦後のアメリカ社会で起きていた熾烈な人間ドラマです。主演の二人の身体性の違い、またそのその身から溢れでた新旧の演技術の違いが、なお一層この作品のテーマを深めていていました。
 テネシー・ウイリアムスは彼が住んでいたニュー・オーリンズの街の市電に実在する路線名をそのまま、ドラマの象徴として題名に使ったのです。しかも、この路線の先には、「墓地」という名の駅がありました。

 長い余談でした。狂言の話題に戻りましょう。
 「欲望という名の『橋懸り』」は日本の能楽堂には実在しません。
 では何故、私は此の題名を付けたのか。
 「橋懸り」は能楽堂で、能・狂言役者が登場前の心身の準備をする「鏡の間」といわれる部屋と、屋根付きの本舞台をつなぐ12、3メートルほどの橋のようなものです。戦場で倒れ無念の死を遂げた武将や、愛の思いを抱いたまま死んだ女の、深い怨念そのものが、人間の身体をまとい、異界からその橋を渡って、本舞台に待ち受ける「諸国一見の僧」の前に立ち現れる、という大切な役目を負っている構造物です。そして現れた怨霊は、待ち受ける僧の夢想の中で、自分の生と死を語り、その深い怨念を鎮めるのです。主要な能の劇を突き動かしている核は、成仏しきれない「怨念」なのです。
 ということから言うと、能の場合、「橋懸り」を秀句風に言えば、「怨念という名の『橋懸り』」と名付けられるでしょう。
 しかし、狂言は違います。狂言では今生きている血肉のある人間が、何かをしたい、何かが欲しいと、現世的欲望をいだいて「鏡の間」から「橋懸り」を渡ってきます。人間だけではありません、神も鬼も、です。
 「福の神」は歳末の参詣人の前に大笑いしながら現れ、彼らを更に楽しくしてやろうと言いつつ、いつもならば出てくる酒が何故出ないと要求します。
 蓬莱の島の鬼は「節分」の夜に豆を食べたいと欲して日本にやってきますが、一人いる女を見初め、流行りの恋歌を歌い続け舞い続けて口説き続け、ついには彼女の腰に抱きついてしまいます。
 あまりに現世的欲望です。しかし、「欲望」こそ、人類が生き残るために必要だったものです。それを原動力にし、その紆余曲折を「おかし」という即興の笑いにし、能の怨霊鎮めの後に残る重さを吹き飛ばしてきたのが、室町人が作り出した「狂言」ではないかと思います。ここでようやく、「欲望という名の『橋懸り』」にたどり着きました。
 さて、この橋懸りを渡って、最初に登場するのが、このあたりに住まいいたす、ご存知「附子」(ぶす)の主(あるじ)、14、5世紀の新興商工富裕層。それを演ずる「おかし」役者は、まだ台本なしの即興だった「おかし」の瞬発に応じられる柔軟性に溢れた心・身体をもって、登場してきます。
 主は、当時希少・高価だった、ポルトガル宣教師がもたらした砂糖を手に入れました。あまりの美味しさに、これを一人独占的に楽しもうと欲します。この独占欲から、全てが始まります。

*トップ画像は月岡玉瀞「附子」(シカゴ美術館所蔵)

 

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