空っぽの月


13|見えない色


 
 

日月山水図や武蔵野図などの多くの屏風では、太陽は金、月は銀で表現されている。東京国立博物館の「朱塗日月盃」も、「日」には金箔、「月」には銀箔が施されている。しかし、実際に銀色の月というものを見た記憶はない。むしろ金色の月の方がしっくりくる。月は黄色や山吹、橙色、ときには赤味がかって見えることはあっても、銀色はない……と思う。月蝕でよく言われる磨いた十円玉のような赤銅色というのも納得できる。銀月というのは、あくまでもイメージの中での月の容姿なのだろう。

東京国立博物館所蔵「朱塗日月盃」

同様に、青い月にもお目にかかったことがない。以前紹介した菅原都々子の"月がとっても青いから"も不可解である。調べてみると、ごくごく稀に月が青く見える現象があるらしい。なんでも1883年のクラカタウ火山の大噴火後、ほぼ2年間にわたり、夕暮れは緑に月は青に染まったという。それほど滅多にない現象なのである。それにしては、洋の東西を問わず、青い月の歌は多い。おそらく、月球そのものではなく月夜の景色を表しているのだろう。写真家、石川賢治が月の光で撮り続けている「月光浴」シリーズの風景は、いずれも青い。そういうことならば、得心できる。

石川賢治『京都月光浴』表紙

そのような青い月や青い月光とは別に、西洋には「Blue Moon」という言葉がある。二分二至(春分、夏至、秋分、冬至)で区切られた季節の中に4回満月があるとき、その3つ目を「Blue Moon」と呼ぶそうだ。あるいは1ヶ月(太陽暦)に満月が2回あることも「Blue Moon」と呼ばれる。どちらも実際の月の色とは無関係である。

Billie Holiday "Blue Moon"

このプレイリスト(空っぽの月)では、4つのルールを設けた。1:自分が好きな曲であること、2:タイトルに「月」が含まれていること、3:同一曲は2度登場しないこと、4:同一名義のアーティストも2度登場しないこと、である。同じアーティストが別のバンドや別名義で発表した曲は許容しているので、さほど厳密なルールではないし、2と3には例外がある。この"Blue Moon"は、3の例外だ。この曲には名演が多い。近年ではロッド・スチュワートのカバーも上出来だ。ちょっと迷った末に、やはりビリー・ホリデイにした。誰からも文句は出ないだろう。オスカー・ピーターソンやフィル・フィリップスらによるバッキングも、飛び切りだ。

The Marcels "Blue Moon"

ビリー・ホリデイで決まった、と思っていたら、ザ・マーセルズのドゥワップ・ヴァージョンを思い出してしまった。導入部を聴いただけでは、まったく別の曲である。曲調がここまで違うのだから両方入れてしまえということで、例外が出来した。どちらも好きだし……。続けて聴くことで、両方の魅力をより堪能できるような気もする。タイトルの"Blue Moon"は、やっぱり青色の月のことであるらしい。

Christine Schäfer "Pierrot Lunaire, Op.21. Part I: 1. Mondestrunken"

シェーンベルクは、それほど積極的に聴きたい作曲家ではない。表層的な感想であることは承知の上で言うと、その「十二音技法」とやらも、かえって西洋的平均律のそれなりの多様性を損ねているようにも感じる。「月に憑かれたピエロ」も一気に全曲聞くのは、かなり辛い。それでも冒頭の"Mondestrunken(月酔)"のタイトルそのままの怪しい旋律は、なぜかときおり浴びてみたくなるのが不可解だ。ちなみに月とピエロは相性がいいらしい。フランス民謡の"Au clair de la lune"(既出)にも重要な役回りでピエロが登場する。

Van Dyke Parks, Brian Wilson, et al. "Palm Tree and Moon"

ブライアン・ウイルソンが中心となってつくったザ・ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」(1966年録音)は、それまでのザ・ビーチ・ボーイズのイメージを大胆に塗り替えたとされている(あらためて聴くとそれほどでもない)。続いてウイルソンが手がけた意欲作が「スマイル」である(こちらは2004年まで公表されなかった)。その「スマイル」でウイルソンに協力したのが奇才、ヴァン・ダイク・パークスだった。「スマイル」未発表のまま、再度ウイルソンとパークスが共作したのがアルバム「オレンジ・クレイト・アート」だ。こちらはパークス主導による作品。タイトルはカリフォルニア産オレンジ梱包用の箱に描かれた絵のことで、アルバム全体がカリフォルニアを舞台として想定されているようだ。"Palm Tree and Moon"は、イントロから中国趣味とトロピカル風味がブレンドされている。この感じ、どこかで聴いたことがあると思っていたら、なんのことはない、YMO以前の細野晴臣のサウンド・アプローチによく似ていた。パークス自身も「ホソノは僕のヒーローだ」と公言している。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。