空っぽの月


15|北風と太陽と


 
 

イソップ寓話の「北風と太陽」の話、ひねくれ者としては納得がいきかねる。北風が悪玉、太陽が善玉のような教訓はおかしい。旅人にとっては、どちらも迷惑だ。脱いだマントは余計な荷物になるし、太陽がやりすぎれば熱中症である。月はこういうことには関与しない。アンデルセンの『絵のない絵本』のように、語り部や目撃者に徹するだけである。月はむやみに「やる気」など見せないものなのだ。
タモリこと森田一義が「笑っていいとも」のスタッフやキャストの心得として伝えたのは、「やる気のあるものは、この場を去れ」だったという。なかなか言えない言葉だ。そんな「やる気のなさ」の美学を絵に描いたような番組「タモリ倶楽部」がとうとう終わってしまった。そんなに観ていたわけではないけれど、やはり寂しい。

Canned Heat "Poor Moon"

キャンド・ヒートの噂を耳にしたとき、かなりハードなサウンドをイメージした。キャンド・ヒート、つまり「熱の缶詰」である。熱くて攻撃的な演奏をするグループだとばかり思い込んでいた。一聴した感想は、「お前らやる気あるのか」だった。「熱」は缶詰に入ったままだったのである。ヴォーカルにもギター・ソロにも、まったくやる気が感じられない。だからといって聴く側をリラックスさせるわけでも、のどかなサウンドであるわけでもない。この曲も歌詞で「月の破滅」を憂いているのに、とぼけたコーラス・フレーズがちぐはぐこの上ない。なのに、いや、だからこそ、病みつきになる一曲である。

Grace VanderWaal "Moonlight"

ウクレレといえば、我々の世代(60代以上)にとっては、牧伸二だ。「あーあ、やんなっちゃった、あーんがんが、驚いた」である。その昔、牧伸二によるウクレレ教則ソノシートを聞いた。チューニング「G、C、E、A」は「ハナコサン」と覚えなさいと教えてくれた。以来ウクレレはハナコサンであり、やる気のない楽器の代名詞となった。ウクレレの原型はポルトガルのブラギーニャで、ウクレレの語源はハワイ語の「ノミが跳ねる」である。やっぱりやる気が感じられない。
英米のオーディション番組「ゴット・タレント」シリーズは、スーザン・ボイルの衝撃的登場で日本でも話題になった。この番組の名演ダイジェスト版は、紅白歌合戦などより格段にレベルが高く魅力的だ。グレース・ヴァンダーウォールはそのアメリカ版に12歳で出演。ウクレレの弾き語りで自作曲を披露し、瞬く間にプロになった。13歳で初の来日公演も果たしている。

Trisan "Wintermoon"

トリサンは、アイルランド、中国、日本出身の3人による、いわゆるワールド・ミュジックのグループ。リーダのポール・ブレナンはエンヤも在籍していたクラナドの出身。この曲の途中で日本語の歌詞を唄っているのは、廣田丈自。ツトム・ヤマシタのレッド・ブッダ・シアターのメンバーでもあった。この肩透かしめいた日本語部分、ちょっと微妙だ。アクセントとして曲を際立たせているとも、やっぱり余計じゃないかとも思える。

INXS "Full Moon Dirty Hearts"

インエクセスはバンド名もその曲も、何度も耳にしたことがあり、オーストラリアのグループだということも知ってはいたが、とりわけ印象に残ることはなかった。あるとき、あるファッション・ブランドの店のBGMで聴いたサウンドが気に入ったので、調べてみると彼らの"New Sensation"だった。こういうことは、ときどきある。"Full Moon Dirty Hearts"は彼ら9作目のアルバムのタイトル曲。ゲスト・ヴォーカルとして英国のザ・プリテンダーズのクリッシー・ハインドが参加している。お相手をつとめたインエクセスのリード・ヴォーカル、マイケル・ハッチェンスは、1997年にシドニーのホテルで自殺してしまった。「やる気」の果てだったのかもしれない。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。