空っぽの月
16|バンドの事情
ロックバンドでベースを弾いている。もちろんアマチュアだ。2020年の1月を最後にバンド活動は休止していたが、この度、練習を再開することになった。ポール・マッカートニーの言い方にならえば、足掛け3年のロックダウン(Rock Down)だった。何しろ練習スタジオもライヴ会場も、絵に描いたような三密なのである。
日本人ならたいていが知っているあるバンド・メンバーのパートナーが、自分もバンドで唄いたいと言い出したのが、我々のバンド結成の発端だった。集まったメンバーは男子3人。問題は3人ともギターしか演奏経験がないことだった。ありがちなことである。結局、年功序列で、リードギター、ベース、ドラムスに担当が振り分けられた。当のヴォーカル女子は、かなり歌唱力があった。なのに、というか、だからというか、半年も経たないうちに男子3人の技量は見限られてしまい、なし崩しでスリーピース・バンドとして再出発することになった。多くの人に何度も見限られながらも、もう30年近くもやっている。人前での演奏も、年に一度のペース。まあ、落語の「寝床」のようなものではある。
Rickie Lee Jones "The Moon is Made of Gold"
我々のバンド3人は、ロック好きではあっても嗜好はかなり違う。ギターはジミ・ヘンドリックス、ベースはドノヴァン、ドラムスはロバート・フィリップのファンだ。ある夜、スタジオでの練習を終えて、新宿のバーで呑んでいたときのこと。店のBGMを耳にして、3人が目を合わせた。誰ともなく「いいね、これ」と口にして、店員にその正体を尋ねた。それがリッキー・リー・ジョーンズのデヴューアルバムだった。次に3人が集まったときには、全員がそのCDを手に入れていた。ここで紹介するのは、彼女の11枚目のアルバムから。デヴュー・アルバムほどロック色は強くはないものの、やっぱり魅力的な声である。このリッキー・リー・ジョーンズが実はトム・ウエイツのパートナーだったことは、後になって知った。
George Harrison "Here Comes the Moon"
ザ・ビートルズ時代のジョージ・ハリソンのベストは、 "Something"でも"While My Guitar Gently Weeps"でもなく、"Here Comes the Sun"だと思う。ユニークでありつつ自然なメロディ・ラインであり、彼のインド志向も反映している。 "Here Comes the Moon"は、そのセルフ・アンサー・ソングだ。正直なところ、出来は "Sun"よりは数段落ちる。でも月の柔らかな光の階調をイメージさせてくれる。時折挿入されるギターの変拍子アルペジオが、 "Sun"の引用になっているところもいい。ついついこの曲をザ・ビートルズ時代に録音していたら、どうなっただろうと考えてしまう。ジョージに限ったことではなく、他のメンバーも、ザ・ビートルズ以降、多くの魅力的な曲を発表してはいるけれど、何かが物足りない。自分以外のメンバーを納得させなければという緊張感と、どこかで他のメンバーに任せてしまえという気楽さとの微妙なバランスがないためかもしれない。そこにはバンドでキャリアをスタートさせたミュージシャンがソロ、あるいはワンマン・バンドになることの落とし穴があるようにも思える。
Mina "Tintarella di Luna"
小さい頃から歌謡曲はあまり好きではなかったものの、なぜか森山加代子の曲は印象に残っている。俗謡とインド民謡に歌謡曲としての歌詞を追加したという"じんじろげ"の一節は、いまも耳にこびりついている。そしてこの"月影のナポリ"である。こちらはあらためて聴くと、基本は12小節のロックン・ロールだ。最近、近所のイタリア料理屋でオリジナルの"Tintarella di Luna"を耳にして、幼時の音楽の記憶が次々に蘇ってきた。そういえば西田佐知子の"コーヒールンバ"(作曲はベネズエラのホセ・マンソ・ペローニ)もよかったし、弘田三枝子の"ヴァケイション"(オリジナルはコニー・フランシス)もよかった。
Neil Young "Harvest Moon"
周辺には、ニール・ヤングのファンが多い。そのギター・ソロは、1キロ先からも誰が弾いているかわかると言われるほど、独特である。ヴォーカルもそうだ。そこまで個性的だと、苦手な人がいてもおかしくないはずだが、ザ・ビートルズやレッド・ツェッペリンは嫌いだという人はいても、ニール・ヤングが嫌いだという人には出会ったことがない。この"Harvest Moon"には多くのカヴァーがあり、もしかするとカヴァーで聴いた方が、そのメロディの美しさを味わうことができるのかもしれない。それでもやっぱり、ここはご本人のハイトーン・ヴォイスを堪能したいところだ。バック・ヴォーカルは、リンダ・ロンシュタットである。
草野道彦(くさのみちひこ)
雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。
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