空っぽの月


17|どうかしている


 
 

「この人、どうかしてる」とか「こいつらアタマおかしいんじゃないか」というのは、音楽に関する限り、我が最高レベルの賛辞である。一言であらわすなら「ルナティック」ということだ。ニール・イネスや彼のボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドのように、最初からその線を狙っているのも悪くはないが、やはり「夢中でやってるうちに、そうなった」というのが、こたえられない。ギタリストならアダム・ボムやリチャード・トンプソン、ベーシストならティム・ボガードやポール・マッカートニーといったところだ。モーツアルトもなかなかだし、ホロヴィッツの"結婚行進曲による変奏曲"あたりもちょっとしたものである。
そもそも本格的にザ・ビートルズを聴くようになったのは、彼らの最後期のシングル"Let it be"のB面"You Know My Name"に出くわしたことがきっかけだった。一聴して、「こいつらバカだ」と思った。
ザ・ビートルズをヒット曲を通してしか知らない方は、是非とも以下を。

The Whole World "Lunatics Lament"

ケヴィン・エアーズはこのプレイリスト2度目の登場。ただし本曲は、バンドのザ・ホール・ワールド名義でもあるので、特例として選んだ。以前"Marquee Moon"を紹介したとき、オリジナルのギター・ソロは退屈だと書いた。この"Lunatics Lament"もエアーズによるギター・ソロは長い。そして、そんなに上手くもない。それでもなぜか退屈させない。このソロも、かなりどうかしていると思う。まあ、この人の場合、どうかしている曲は多い。収録アルバムのタイトルもまた、月にちなんだ「Shooting at the Moon」である。

Mike Oldfield "Moonlight Shadow" 

ケイドー・ベルというバンドのヴォカリスト、マギー・ライリーをフィーチャーしたマイク・オールドフィールドのヒット曲。ただのポップ・ソングのようでいて、ちょっと独特なアレンジになっている。オールドフィールドは、ケヴィン・エアーズのザ・ホール・ワールドではベーシストをつとめた。この曲では、途中からドラムがやけにドタバタしてくるし、後半は彼のギター・ソロがメインになっている。日本ではオールドフィールドのサウンドは、"Tublar Bells"、つまりあの「エクソシスト」のテーマでよく知られているはずだ。やっぱり、かなり変な人なのである。

T.Rex "Crimson Moon" 

日本でもヒットしたミュージカル「ビリー・エリオット」の音楽は、エルトン・ジョンが担当したが、そのもとになった映画「Billy Elliot(邦題:リトル・ダンサー)」では、T.レックスの曲が印象的だった。グラム・ロック・バンド、T.レックスの前身は、フォーク・バンドのティラノザウルス・レックス(暴君竜の学名)であり、T.レックスに変身してからヒット曲を連発した恐竜バンドである。リーダーのマーク・ボランは29歳で、交通事故により死去。彼にはフォーク・バンド時代にも"By the Light of the Magical Moon"という名曲がある。

Robert Plant "Moonlight in Samosa"

これまで、ジェフ・ベックとエリック・クラプトンによる月の歌を紹介してきた。ここはやっぱり、いちばん月っぽいジミー・ペイジも、とは思ってみたものの、彼にはこれといった月の曲がない。案外そういうものなのかもしれない。だからというわけではないけれど、レッド・ツェッペリン時代の彼の盟友(とはいえ、あんまり仲はよくなかったようだ)のロバート・プラントのソロから選んでみた。ツェッペリンを思わせるところもありつつも、ドラムとベースは全然違う(つまり普通なのだ)のが、ちょっと寂しい。プラントのヴォーカルも、この曲では比較的穏当だ。ツェッペリン時代、とくに前期の彼のヴォーカルは、簡単には真似ができないほど、どうかしているのだが……。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。


< 16|バンドの事情 と を読む