空っぽの月
20|子どもたちにも月の歌
小学唱歌というものがある。身も蓋もない言い方をすれば、日本の子どもたちに西洋音楽を教え込むための歌だ。ほとんどが外国曲で、スコットランド民謡や賛美歌などに日本語の歌詞をつけたものである。賛美歌といえば、あの「たんたんたぬきの金……」も、原曲はアメリカでつくられた賛美歌687番("Shall We Gathe at the River")だ。もちろんこっちは、教科書には載っていない。小学唱歌を外国の借り物であり、おかみからの押し付けであると難じてスタートしたのが、児童音楽(および文学)の創作運動「赤い鳥」である。雑誌『赤い鳥』でも知られる。1961年にNHKの「みんなの歌」の放映が始まるまでは、子どもの歌といえば唱歌か赤い鳥の流れの上にある童謡が主だった。月の歌では、「月」(出た出た月が)が作者不詳の小学唱歌、「月の沙漠」が赤い鳥系の童謡である。
佐藤千夜子 "雨降りお月さん"
"雨降りお月さん"は、野口雨情作詞、中山晋平作曲。この佐藤千夜子の歌でヒットした。レコード発売時には「童謡」ではなく、「新民謡」に分類されていたらしい。最初にこの歌を聴いたとき、お嫁に行くのは「月」だと思い込んでしまった。すぐにそんな勘違いは解消されたものの、その後も不可解な歌だという印象は変わっていない。お嫁にゆくときに「ひとりで傘(からかさ)さしてゆく」娘が、傘がないため、鈴をつけた馬に乗ってゆくことになる。傘がなく、婚礼にひとりで向かうような娘というのは、よほど恵まれない家庭環境にあるはずなのに、傘さえないのに、馬に乗っていけるというのはどういうことなのか、合点がいかない。まして鈴をつけた馬ならば、それこそ岩手の「チャグチャグ馬コ」であり、お祭り騒ぎである。佗しいのか賑やかしいのか、どうしてもはっきりしたイメージが結像しない。だから駄目だというわけではなく、「月の沙漠」の寂しくも幸福そうなふたり組よりも、ずっと月らしくていいと思っている。
Bob Dylan "Polka Dots and Moonbeams"
最近、邦訳が出版され結構な評判にもなっているボブ・ディランの『ソングの哲学』には、66曲の彼の「歌論」が収められている。月の歌では "Blue Moon" が登場する。本自体は興味深く読めるのだが、それにしてもこのタイトル、なんとかならなかったのだろうか。原題の直訳『モダン・ソングの哲学』の方がまだいい。短くしたかったのなら『歌の哲学』で充分である。『ソングの哲学』は、当のディランにちょっと失礼な気がする。
ディラン本人が歌う月の歌は、ごく初期の録音"Moonshiner" (トラディショナル)やスタンダードの"Full Moon and Empty Arms" (このコーナーではフランク・シナトラ版で紹介済)などがある。ここでは、やはりシナトラ版が有名な"Polka Dots and Moonbeams"を取り上げた。シナトラの対極にあるようなディランのヴォーカルだが、かえってこの曲の愛らしさが際立って聴こえてくる。ジャズ好きには、ビル・エヴァンスの演奏の方がおなじみかもしれない。
Black Sabbath "Black Moon"
ブラック・サバスは、ヘヴィメタルの元祖とも呼ばれるイングランドのバンド。オリジナルメンバーのオジー・オズボーンが有名だが、この曲のレコーディング時(1989)には、アルコール中毒が原因でとっくにバンドをクビになっている。このときのドラム、コージー・パウエルは、前回紹介したELP(同じ曲名 "Black Moon"(1992))のカール・パーマーが事実上脱退した後、もう一人のPとしてELPのメンバーだったこともある。
この曲の魅力は、ギターとベースのユニゾン・リフだろう。ほとんどヘヴィメタを聴くことはないのだが、このリフとヴォーカルのアクセントのずらしが、クセになってしまった。
Maya Delilah "Moonflower"
ムーンフラワーというと、ついつい太宰治や野村克也を思い出してしまう。太宰『富嶽百景』の「富士には月見草がよく似合ふ」の一節や、野村克也の「王や長島はひまわり、俺は月見草」の発言が強い記憶に残っているためだ。野村が喩えるひまわりは、確かに英語では「Sunflower」だから、「Moonflower」とは鮮やかな対比になっている。ただし「Moonflower」の日本名はアサガオやヒルガオの仲間の「ヨルガオ」であり、月見草とは全くの別種である。
マヤ・デリラは、ストリート・ミュージシャン出身のシンガー・ソングライター。ニール・ヤングの"Harvest Moon"のカバーがなかなかよかったので注目していたところ、この曲がセルフ・リリースされていることを知った。エンディングのユーモア・センスも彼女らしいところ。この曲ではあまり際立ってはいないが、ギターの腕前もなかなかのようだ。
草野道彦(くさのみちひこ)
雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。
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