空っぽの月


22|見せかけの月


 
 

月が球体であることは、子どもでも知っている。だけど夜空で満ち欠けする月は、どこか薄っぺらい。昼間の月はことさらである。月が自ら光っているわけではないこともまた、子どもでも知っている。しかし近年、月がそれ自身で光を発する「月の閃光」現象が知られるようになった。こちらは人の目ではなかなか知覚できないというだけの話である。

天文についてのエピソードの歴史をたどっていくと、「二つの月」や「三つの月」が現れたという記録に出くわす。これは「幻月」と呼ばれる現象で、空中の氷晶により光が屈折して複数の月があるように見えるもの。太陽でも起こる。また『大日本野史』には、慶長14年(1609)3月4日に、「畿内の空に四角の月が現れた」という記述がある。これがどんな現象であるのかは、よくわからない。いずれにしても、我々が見知っているつもりになっている月は、そのごく一部の姿でしかないのだろう。

『年代記大絵抄』より「四角の月現る」。

Miriam Makeba  "Back of the Moon"

ミリアム・マケバについては "Pata Pata" の世界的なヒットでその名を知ったこともあって、ずっとアフロ・アメリカンのシンガーだと思い込んでいた。南アフリカで、メンバーすべてが女性のジャズバンドでを結成して、ジャズと伝統的な南アフリカ・ミュージックを融合した音楽を試みていたことは最近知った。"Pata Pata" は、反アパルトヘイト活動で、国外追放された際、アメリカで録音したもの。その後はギニアなどで活動を続け、2008年にイタリアで逝去した。"Back of the Moon"はそのまま訳せば「月の裏側」。彼女の人生を思うと、このタイトルに込められた意味について、改めて考えさせられる。

LoLa & Hauser "Moonlight Sonata" 

やっぱりベートーヴェンのピアノソナタ「月光」は、このプレイリストに入れたかった。ザ・ビートルズの"Because"が、小野洋子が「月光」を弾いていたとき、ジョン・レノンが「譜面を逆に弾いてみて」とリクエストしたことがきっかけで誕生したということも、その理由の一つだ。ただクラシックに疎いので、誰の演奏がいいのか全く見当がつかず、当初はヴィルヘルム・ケンプのものを入れていたが、あまりしっくりこなかった。ホロヴィッツの「結婚行進曲の変奏曲」の演奏を聴いて度肝を抜かれ、ホロヴィッツの「月光」も探してはみたものの、やはりピンと来なかった。最終的に、ローラ&ハウザーを選んだ。保守的なクラシック・ファンにとっては、邪道かもしれない。何せピアニストのローラ・アスタノヴァは、ハイヒールでピアノを奏でる。しかもチェリストのステファン・ハウザーと共演したこの曲、プロモーション・ヴィデオを見ると、ちょっとエロティックにすぎるのではないかと心配になってしまう。それでもピアノとチェロの響き合いは、新鮮だった。録音の仕方にもよるのかもしれないが、その音像は、もうロックと言ってもいいほどである。クラシックを半端に聴いているものの思い過ごしかもしれないが。

Carly Simon " Moonlight Serenade" 

ソナタの次はセレナーデ。作曲はもちろんグレン・ミラーである。実はグレン・ミラー楽団にもベートーヴェンの"Moonlight Sonata" をビッグバンド用にアレンジした録音があるのだが、やはりグレン・ミラーなら" Moonlight Serenade" だろうと思い直した。ただしここでは、カーリー・サイモンによるカバーを紹介しておく。

Jackson Browne "Culver Moon"

ジャクソン・ブラウンについても、長い間誤解していた。顔も名前もその音楽も知ってはいたが、意識してちゃんと聴いたことがなかった。理由はその名前だ。マイケル・ジャクソンとジェームス・ブラウンを足してそのまま二で割った名前なので、ブラック・ミュージックの亜流という、全く根拠のない先入観がこびりついていたのである。彼のファンが激怒する様子が見えるようだ。この"Culver Moon"のコード進行は、基本はブルースのヴァリエーションだが、ギターのリズムパターンが、月が満ち欠けするように変化するあたりが聴きどころ。それらしいギター・ソロを弾くよりも、こういうギターの方がずっと難しいと思う。ただしタイトルの"Culver Moon"の意味は、あれこれ考えてみたが、結局よくわからなかった。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。


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