空っぽの月


26|ムーンのムード


 
 

「mood」は、そのまま訳せば「雰囲気」ということになる。でも日本語のムードは、どこか怪しい、いや妖しい。どうしても夜やお酒やその筋の女性のイメージがつきまとう。

日本の流行歌が苦手だと広言してきた。艶歌もニュー・ミュージックもJ-POPも苦手だ。その割にはクレージーキャッツや一部のグループサウンズ、中島みゆきや森田童子や荒井(松任谷)由美たちはけっこう聴いてきたし、アルバムも持っていたりする。もっとも今世紀に入ってからは、洋楽の流行にも、とんと関心が向かない。一方で最近は朝ドラに取り上げられたこともあって、戦前戦後の流行歌もなかなか捨てがたいと思うようになった。

で、ムード歌謡である。これは苦手というより嫌いだった。おそらく日本語のムードの余計なイメージは、このムード歌謡が原点だったのだと思う。内山田洋とクール・ファイブ、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、和田弘とマヒナスターズなどのグループ名も、ちょっとどうかなと思っていた。ところがよくよく聴いてみると、基本的にはスローなダンス・ミュージックであり、ハワイアンやジャズやラテンを、かなり器用に日本化したもので、何度も聴き返したくはないものの、そうそう邪険にするのも大人気ないと反省する今日この頃である。

Ry Cooder & Manuel Galbán  "La Luna en Tu Mirada"

ライ・クーダーは、かねてより気にはしつつも、もっぱら「パリ、テキサス」や「クロスロード」などの映画音楽を通じて耳に馴染んでいたミュージシャンだ。"La Luna en Tu Mirada"は、キューバ人ギタリストのマヌエル・ガルバンとの共作。ヴィム・ヴェンダースによるライ・クーダーを狂言回しにした音楽ドキュメンタリー映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の雰囲気をそのまま引き継いでいる。ただし映画にはマヌエル・ガルバンは登場しない。

この"La Luna en Tu Mirada"、初めて聴いたときには、まるでムード歌謡のようだと思った。本当はムード歌謡の方がこんなラテン・サウンドを引用していただけなのであるが、やはりどうしても日本の場末のナイトクラブやキャパレーの情景を思い浮かべてしまう(行ったことはないが)。

Marc Almond "Luna (The Moon)" 

こちらはもう少し洗練されたナイトクラブ・ミュージック。パリあたりの場末にこそ似つかわしい。

昔、マーク・アーモンドというかなり個性的かつ洒落たバンドがあった。そのバンドにも月の歌があるのでは、と探していて見つけた曲。ところが、こちらのマーク・アーモンドは、全く別ものだった。ソフト・セルのリードヴァーカリストだった人物である。ムード歌謡にはデュエットがつきもの。ここでのデュエット相手はロシアのロマンス歌手、アッラー・バヤノワ。曲もバヤノワによるものだ。困ったことに、パリ(あるいはモスクワ?)の夜の情景を想像しながら聴いていると、曲の中頃でいきなり竹野内豊の顔が頭をよぎる。空耳というものだ。

Paul & Linda McCartney "Monkberry Moon Delight" 

ザ・ビートルズ解散直後にポール・マッカートニーが発表したソロ・アルバムは、いわゆる「宅録」というやつで、スカスカなサウンドであり、評論家にはずいぶん叩かれた。個人的には好きで名曲も多いと思う。"Monkberry Moon Delight"が収められたのは二作目の「ラム」。こちらはかなりつくり込まれていたものの、やはり当時の評論家の受けは悪かった。今では名作だとされている。評論家がいかに当てにならないかという見本でもある。発表と同時に「ラム」は我が愛聴盤になったのだが、この"Monkberry Moon Delight"は、あまり好きではなかった。今は初期のソロ作品の中でもお気に入りの一曲となっている。自分の思い入れもかなり当てにならない。

それにしても歌詞の意味がわからない。子ども相手に言葉遊びをしていて生まれた曲であるそうだ。にしても、こんな曲、子どもに聴かせるものではない。普通の子どもなら泣き出すか、悪くすると引きつけを起こす。タイトルは直訳すると「坊さんの苺月の歓喜」。やっぱり意味がわからない。一時は、マリファナのブランド名だと噂されたこともある。最近は聴いているうちに、日本最古の菓子の一つとされる「清浄歓喜団」を連想してしまうようになった。これは空耳ならぬ、空想いというものだろう。

Nat King Cole "Fly Me to the Moon"

月の歌の王道である。名演も多い。ポール・ギルバートのギター一本での即興演奏もなかなか捨てがたかったが、マッカートニーの常軌を逸したシャウトのあとは、やはり王道のナット・キング・コールが落ち着く。若者にとっては、娘のナタリー・コールの歌声の方が耳に馴染んでいるかもしれない。

ちなみにナット・キング・コールの来日公演は、今はなき赤坂の高級キャバレー「ニューラテンクォーター」で行われたそうだ。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。


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