空っぽの月
4|月球の歩き方
ザ・ビートルズがアルバム「Abbey Road」を録音中だった1969年7月21日、アポロ11号のニール・アームストロング船長が、月面に降り立った。ザ・ビートルズのメンバーも録音を中断して、月面歩行の生中継に見入ったそうだ。当時を思い返してみると、月面そのものについて覚えていることはあまりない。むしろ月から遠望した、漆黒の空間に浮かぶラピスラズリのような地球の姿の方が、鮮烈だった。
もう一つ中継で気になったのは、アポロの連中が月面に星条旗を立てたことだ。無粋である。いずれどこかの広告代理店が月を広告媒体にするかもしれない。すでに『未来のイヴ』のオーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダンが、夜空に広告を投影する「天空広告」の出現を予言していた。今ならレーザー技術を使って、月面に広告を投影することも不可能ではないはずだ。などと、余計な心配をしていたら、アポロ11号の年、1979年の末には、国連総会で月面をそのような目的で使用するのを禁じる「月協定」が採択されていたという。国家活動も禁止である。にもかかわらずアメリカは、その後も星条旗を立て続け、今も6本の星条旗が風もないのに月球上で翻っている。理屈はよくわからないのだが、民間が月の土地をいじるのは問題ないらしく、現在も月面は私企業によって第3期分譲中だとか。
菅原都々子 "月がとっても青いから"
1955年の100万枚の大ヒット曲。「空っぽの月」のプレイリスト中、唯一の歌謡曲ということになる。リストを作り始めた時から、入れるつもりだった曲だ。歌謡曲もニューミュージックもJ-POPも、あまり聴かない(聴きたいと思わない)ものの、それでも何曲かは忘れがたいものはある。月ということでは「蘇州夜曲」もいいのだが、残念ながらタイトルに「月」がない。ちあきなおみの「星影の小径」も捨てがたいが、こちらは月ではなく星空の歌である。
このプレイリストの曲順は、曲調を按配して並べたもので、あくまでもたまたまではあるのだが、"月がとっても青いから"の歌詞は次の"Walking On The Moon"とよく似ている。まあ別に、月がことさらに青くなくても、二人は遠回りして帰るのだろうなとは思う。
Sly & Robbie featuring Ambilique "Walking on the Moon"
オリジナルはポリスである。歌い出しの「giant step」は、ニール・アームストロングの「one giant leap for mankind(人類にとっては偉大な一歩である)」を意識したものだろう。ただし当初のタイトルは"Walking round the Room"であり、別にアポロについて歌ったものではない。
ポリスは「機械の中の幽霊」や「シンクロニシティ」などの言葉を好んで使っているように、一時アーサー・ケストラーに傾倒していたようだ。当方も、ケストラーを熱心に読んでいた頃は、かなりポリスを聞いていたものの、間もなく彼らのいわゆるホワイト・レゲエに食傷してしまった。で、ここではスライ&ロビーによるカバーにした。
スライ&ロビーは、ジャマイカ出身のレゲエ・リズムセクション。それまでのレゲエの主流だった「ワンドロップ」リズムを「ロッカーズ」リズムへと塗り替え、製作に関わった楽曲は20万曲に上るとも。ポリスの軽めのリズムより、スライ&ロビーのリズムの方が「月」には似つかわしい。本来ならば、重力が地球の6分の1の月には、軽めがふさわしいのかもしれないが、あの飛行士たちの緩慢な動きは、やっぱりそこそこに重たいのである。
Eels “Climbing To The Moon"
月で歩くにはまず、月に行かねばならない。で、後先が逆になったが、梯子で月に登るという曲。ウィリアム・ブレイクの版画「I want! I want!」そのままである。
イールズ(鰻)という何とも気合の入りにくいバンド名は、ヴァージン・アトランティックの機内プロモーション・ヴィデオで知った。バンドとはいえ、実質マーク・オリヴァー・エヴェレットのワンマン・プロジェクトに近い。エヴェレットは一見、ちょっと危なそうなお兄さんで、実際、本人の人生もかなり過酷な厄災に彩られており、それが歌詞にも反映している。父親はその筋では名の知られた量子力学者。「エヴェレットの多世界解釈」という言葉に聞き覚えがある人もいるだろう。息エヴェレットの音楽はちょっと聴く分にはぞんざいな印象ではありながら、メロディーメーカーとしての力量はかなりのものだと思う。何ヶ月に一度はアルバムを通して聴きたくなるミュージシャンの一人だ。でも、カバーしたり、あえて歌ってみたいと思わせないところが不思議である。
草野道彦(くさのみちひこ)
雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。
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