空っぽの月
6|エレキの若大将
エレキの若大将こと、加山雄三が年内でコンサート活動から身を引くとのこと。特に感慨はない。ある世代にとっては、エレキといえば加山雄三ではなく、もちろん田中邦衛でもなく、やっぱり寺内タケシである。その“レッツゴー運命”に度肝を抜かれたギター・キッズは少なくなかっただろう。ザ・ビートルズよりも、ザ・ベンチャーズよりも凄いと思った。世界一のギタリストだと確信していた。その根拠は、早弾きである。こんなに早くギターを弾ける人は、他にいるはずがない、と信じた。長じてからは、早ければいいというわけではなく、駆けっこが早くてもサッカーや野球がうまいことにはならないと気がついた。もっと長じてからは、駆けっこが早いのは、他のスポーツでもそれなりのアドバンテージになることに思いが至る。なにしろ寺内は、チョーキング(ピッチベンド)に熟達するために、指立て伏せをしていたというのだから、あながちアスリートを例に取るのも、見当は外れていないと思う。それに前回登場したエリック・クラプトンのあだ名はスロー・ハンドだった。つまりあまりに指の動きが早いので、扇風機の羽が止まって見えるように、ゆっくり弾いているように見えたことによるのだ。
三味線の家元の子として生まれた寺内は、5歳から母親の三味線を手本にギターを弾き始め、母親の三味線の音に負けないサウンドを作るために、自分で工夫してエレキギターを開発している。戦後まもない頃であり、これを世界初のエレキ・ギターであるとする意見もある。そんなこともあって、やっぱりエレキの若大将は、寺内タケシなのである。
Imelda May & Jeff Beck “How High The Moon”
実際は、エレキギターの開発は、寺内以前から試みられていたのだが、現在のエレキギターの一つの起源は、アメリカのギタリスト、レス・ポールとギブソン社が共同開発したレス・ポール・モデルに求められる(発売は1952年)。以降、レス・ポールは、フェンダー社のストラトキャスターやテレキャスターとともに、多くのロック・ギタリストに愛用されてきた。
レス・ポール・モデルの発売直前、レス・ポールのギター、妻のメリー・フォードのヴォーカルで発表され、全米ナンバーワンになったのが、この“How High The Moon”である。ここでは、やはりレス・ポール・モデルの愛用者、ジェフ・ベックとアイルランドのシンガー、イメルダ・メイによるカバーを紹介する。アレンジは、ベース・ラインがちょっと違う以外は、ほぼ原曲通り。ただし、ジェフ・ベックの方はほんのわずかにディストーションがかかっているのがご愛敬である。
Jack Bruce “Rope Ladder To The Moon”
一方、エレキベースの基本タイプは、1951年にフェンダー社から発売された。ほぼレス・ポールと同時である。ちなみにドラム・セットの開発はもう少し(30年ほど)早いようである。
ベースギターという楽器は、かつてバンドのメンバー・チェンジによりベースを弾く羽目になったポール・マッカートニーが「ベースなんて、デブが隅っこで地味に引くものだから嫌だ」と言ったように、もともとあまり目立つ楽器ではない。そのポールが弾いたことで、のちに有名になったバイオリン型のヘフナー・ベースは、そもそもサウスポーのポールでも弾きやすい左右対称で軽かったという理由で選ばれた。
個人的には、そのポール・マッカートニーと、ジョン・ポール・ジョーンズ、そしてジャック・ブルースがベーシストのベスト3である。自分でベースギターを弾き始めた頃、いちばんよく聴いたのがクリームの“Crossroads”だった。きっと多くのベース初心者が、このジャック・ブルースのいわゆるブンブン・ベースに憧れたはずである。“Crossroads”のベースはもう、デブが隅っこで弾くようなものではなく、リード・ベースギターと言ってもいいくらいだ。ブルースはもともとチェリストだから、ベースでソロを弾くくらい朝飯前だろうし、他のベーシストよりビブラートを多用しているのも、その特徴だったと思う。一方のマッカートニーは、仲間のジョージ・ハリソンから「やかましい!」(おそらく“Something”の録音時)とダメ出しをされるほど手数の多いベーシストだが、こちらはまずビブラートを使わない。何しろ、ザ・ビートルズでクラシック・ミュージシャンを起用する場合も、できるだけビブラートを使わないように指示していたほどである。“Yesterday”や“Eleanor Rigby”などのザ・ビートルズのストリングスの響きが独特なのは、そのあたりにも理由がある。
ジャックとポールの二人に比べると、レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズのベース・スタイルは、オーソドックスで地味にも聴こえるが、実は曲の構成にやたらに変拍子を入れたがるなかなかのくせ者、というか立派な変態ベーシストである。そのあたりを堪能したい向きには、彼のソロアルバムか、ゼム・クルックド・ヴァルチャーズを聴くといいかもしれない。
ともあれ、このジャック・ブルースの “Rope Ladder To The Moon”、曲としては今ひとつではあるけれど、聴きどころはやはりベースにある。
Claudine Langet “Electric Moon”
エレキの月である。歌は、フランス出身のクロディーヌ・ロンジェ。ムーン・リバーの若大将、アンディ・ウイリアムズの元妻であり、その後、同棲相手を射殺したかどで有罪となり、芸能界を引退した。曲はドノヴァンによるもの。ドノヴァンが来日した際、神田川か道頓堀川に映ったネオンサインを見て作ったとされている。だから正確にはエレキのムーン・リバー。日本を連想させるものは全くない。どちらかというと、ブズーキ(多分)やシタール(エレキシタールかもしれない)やフィドルなどを使って異国情緒、それもギリシアや東欧の風味を加えようとしている。メリー・ホプキンの大ヒット曲“Those Were the Days”(邦題「悲しき天使」)の曲調にもちょっと似ている。“Those Were the Days”の原曲はロシア語の歌謡曲である。“Electric Moon”の方は、日本では原田知世がカバーしているが、ドノヴァン本人版は公式にはリリースされていない。ここであらかじめお断りしておくと、このプレイリストには、ドノヴァンによる曲があと2回登場する。理由は個人的にファンであるからである。あしからず。
草野道彦(くさのみちひこ)
雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。
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