泥遊び 筆遊び|加藤静允


2|サロメ公主像


 

 箱書き表:撒羅米公主(サロメヒメ)像、内裏:十年前に画いたもの、今年の表具の会・多楽会のために裂(きれ)取りする。栖峯堂西本さん驚きながらも楽しんで表装してくださる。本日できてきてうれしく 一九九九年霜月上二日 児科医静允 朱文細石印。

 

 毎年暮れの小春の好日、洛北大原の卯菴で表具の会を楽しみました。名づけて『多楽会』。集う人は年令順で逸翁美術館長岡田彰子、私、卯菴主人、ようび主人、胸部外科医池修、戸田勝久画伯、柿衛文庫岡田麗の七名。卯菴は一日一席の世に秘められた料亭、亭主の心きいたる茶室・書院・炉辺の座。毎年戸田画伯が描かれた同じ絵七点、それぞれが一年かけて自分好みの表装に仕上げて持ち寄ります。書院の壁面に七点が並ぶとたしかに面白くみごとです。絵が同じなので各人の個性がそれぞれによく現われます。
 遠慮なく、楽しい批評。特に池國手は表装の本を書いておられるだけに有職故実に詳しく、多くのことを教えてもらえます。また加えて、各人がその年に表装した自慢の数点を掛けてその想いを語ります。新に手に入れた古書画のおひろめもあり、その古い表具の想い入れや、裂取りの手法にいろいろな意見が交されます。
 このサロメの軸は1999年12月の多楽会のために表装してもらったのでしょう。
 一時ビアズリーの絵が気になって関係書画を渉猟したことがありました。その時オスカー・ワイルドの「サロメ」・ビアズリー挿絵(1894)の初版本を入手したのです。何時の頃か極東の島国に流れ着いた稀少本です。今も時に取り出して楽しみます。「この白と黒の雰囲気、若冲の乘興舟や玄圃瑤華を彼は見たのであろうか」とふと思ったりします。

 絵の上下の落書は以下の如く読めます。

 ワイルドの「サロメ」はロンドンでは上演が許されず一八九六年パリ自由劇場にて初演されたそうです。女優はリナ・ミュンツとか、サラ・ベルナール夫人でなくて残念でした、ビアズリーの挿繪の面白さはワイルドにとらわれず、ちゃーんと自分の世界を描いていることですね、棚に置いてある本でサロメの知性とひとがら生活を示しているのですね、少し冗談きついのちゃうかと悪評のあったのもわかります 一九九〇年秋、初版本一八九四年刊限定五百部の一冊を得てうれしく きよのぶかく

 この表装、一文字廻しは少し古い金襴、まわりは古代ペルシヤ美術蒐集家のJG 氏の奥様が愛蔵しておられたペルシヤ更紗です。染織について何時もお教え頂く、小笠原小枝先生によれば、発注はペルシヤ域でしょうが、染めはインドですねとのことでした。


加藤静允(かとうきよのぶ)

京都生まれの小児科医。鮎を釣り、書画を好み、陶芸をたのしむ。すべて「ソレデイイノダ」が最近の口ぐせ。細石は少年のころ井伏鱒二にあたえられた釣人の号。