泥遊び 筆遊び|加藤静允


4|宋赤絵小服茶碗


 

 阪神淡路大震災のとき、運悪く、ほんとうに運悪く、丁度その時、ジュネーヴの有名なヴォール・コレクションが大阪の出光美術館で展示中だったのです。高層階だったから、よく震れたことでしょう。チキンカップが木端微塵になったそうやと、見て来たような話を聞きました。しかし、ずい分後になって、アレはきれいに修復されて、外見は全くもとどうりになったそうやとの伝聞も得たのです。
 この時、最も欲しなあ、坐辺に置いて、くり返し見たいなあと思ったのが、小ぶりの宋赤絵の小碗でした。宋赤絵というと佐藤千壽さんご自慢の魚の絵の茶碗(重美・穂積重威旧蔵)を先ず想いうかべます。多くの宋赤絵の中ではピッとして清潔感もあり立派なものです。しかし、坐辺に置いて愛玩したいと思うには立派すぎるのです。ヴォール・コレクションの小ぶりの宋赤絵は「ウーン、欲しなあ。そばに置いてくり返し手に取って見たいなあ」と言うものでした。
 よーくよく見て、帰って作ったものの中で最もよく出来たものがこれ、この程度しか出来ませんでした。でも、胎土を合せ、化粧土をつくり、いくつかの土灰釉を試み、本焼の後、赤と緑の後絵・色合せ。ずい分楽しんだ最後に得たのがこれ一個。

 

 或る古陶の目利に、箱を開け、仕覆から取り出して、そーっと手渡すと、一瞬ギョッとして、くるりとひっくり返して、「ウーン、悪いけど、カトウさん、これは新(さら)でっせ」と。最高の褒め言葉をいただきました。私が染付磁器しか作らないと思っておられるようでした。
 もうちょっとちゃんと時代づけしといたげたらよかったかなあ。一辺も使こてない、窯から出たままの新品やもんなあ。私が染付磁器しか作ってへんと思うてはるんやさかい、こう言う答になるのはしやあないこっちゃ、と二人で大笑いしたものです。

 

 その後数十個の宋赤絵の陶片を入手しましたが、よし作ったろと言うものではありませんでした。古うても新しても、官窯でも民窯でもええんです。そのものが、スキッとしていて清潔感がないとイヤなのですね。線がゆるんでたり、チョットでも汚いと感じる所があるともうかなんのです。ほんのチョットのことなんですけど、私にはそれがすべてなのです。

 

箱書き表 観古遊楽作 児科医静允・朱文細石印、裏 ジュネーブのボールコレクションにある宋赤絵につよく魅かれて共に遊んでもらいました。一般にみる宋赤絵とは化粧の掛け方もちがうものです 一九九六年孟春 き・白文静印

 もう二十年以上も昔になるのでしょうか、フィリップ・ニーゼルさんと池修国手と三人でジュネーヴのヴォール・コレクションをゆっくり拝見した時のことをなつかしく想い出しています。
 仕覆は永井百合子先生の教室に通っていた妻・絢子製です。

 
 

加藤静允(かとうきよのぶ)

京都生まれの小児科医。鮎を釣り、書画を好み、陶芸をたのしむ。すべて「ソレデイイノダ」が最近の口ぐせ。細石は少年のころ井伏鱒二にあたえられた釣人の号。


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