relay essay|連閏記


38|いろはにほへと

宮崎興二(4次元学)


 

 スマホやパソコン全盛のいま、便利とはいえコンピュータが自動的に出力するため、数万あるとも言われる日本自慢の漢字は、読み方や書き方が忘れ去られ、ついには姿を消そうとしている。文科省でさえ、日本語を学ぶ異国人のためにも、難しい漢字は使わないようにしよう、と言う。そうだとすると残るのは50個に満たない仮名文字である。日本文化危うし、かもしれない。
 仮名には漢字を崩した平仮名と漢字の一部を取り出した片仮名があって、一文字を一度ずつ、江戸の街並みのように自由奔放に並べる「いろは歌」と、京の街並みのように四角四面に並べる「アイウエオ順」によって、平安時代ごろからまとめられてきた。そのうち日本人の多くが親しんできたのは江戸風のいろは歌で、「ん」を省きながら「ゐ」や「ゑ」や濁音を交えて、

  色は匂(にほ)へど散りぬるを
  我が世誰ぞ常ならむ
  有為(うゐ)の奥山けふ超えて
  浅き夢見じ酔(ゑ)ひもせず

などと歌う。
 日本人なら誰でも知っているこの歌を、学校で教えられた記憶は、筆者には全くない。大戦直後の1947年に、戦争を賛美する歴史教育禁止の中で生まれた新制小学校の第一期生だったからである。時の新政府には、歌に流れる、生きるも死ぬもこの世の常、という、はかなくもすごい人生観が無謀な戦争に巻き込ませた、という反省があったのだろう。そうとは知らず筆者は、歴史上の流行歌として、何の疑いもなくいつの間にか覚えていた。
 が、疑い深い大人になるや、この歌にも不審の目を向け始めた。「夢見じ」なのか正反対の「夢見し」なのか不明、などと思ったのである。とくに整然と並ぶ数や形に好意を持っていたこともあって、「ん」を入れて48字にすると文節を規則正しく75757575とすることができるのに、なぜそうせずに75657575となっているのか、と不思議だった。決まりきった秩序を避けたがる昔の日本人のわびさび幽玄好みが現れているのだろうか。きれいに立てた何本かの柱のうち1本だけをことさら逆向きにしたり、完全な正方形のはずの碁盤目や風呂敷や座布団を微妙な長方形にしたりするのである。
 こうしたあいまいな日本美には、仏教における「色即是空」とか「諸行無常」という、すべてははかない、という教えが影を落としていると言われている。ところが、いろは歌の作者とさえ言われたことのある平安時代の仏教の先駆者空海によると、色というのは、けっして何もないはかない空(くう)ではなく、実体としてのしっかりした形のことなのである。
 空海が残した経典によると、宇宙は「地水火風空」の五つの形でできていて、黄色い□(地)、白い〇(水)、赤い△(火)、黒い半円(風)、青い宝珠形(空)を下から積んだ五輪塔あるいは五重塔で象徴されるという。そのうち空としての宝珠形は形の中の形として堂塔の最先端など神社仏閣の最重要個所を飾る。それにも関わらずなぜ色即是空なのだろうか。
 その理由について、確かではないがもっともらしい説がある。
 日本が紀元前の縄文時代のころの、形を重んじる西洋文化の中心地ギリシャでは、宇宙は、△と□でできた地水火風の四大元素と、神秘的な五角でできた宇宙の器としての空からなる、と信じられていた。その考え方が伝わった仏教発祥の地インドでは、地水火風を□〇△ならびに半円(三日月形)で表し、空を、星で満ちた天空として神殿を覆う神秘的な宝珠形で表した。空海の教えと何も変わらない。ところがそれを知った中国の僧が、空を文字通り何もない空虚と解釈して色即是空と教えたという。
 こうして、形とともに象形文字たる漢字も消えるとしても仮名は残る。その仮名を守るためには、いろは歌を戦争とは無縁の歌に替えなければならない。かといって明治時代に評判になった、

  鳥啼く声す夢さませ
  見よ明けわたるひんがしを 
  空いろ映ゑて沖つべに
  帆舟群れゐるもやのうち

という大和魂を高らかに歌い上げる明治風の替え歌は、作られた直後、日露戦争に巻き込まれた。
 それで筆者は、秋津洲日本の文化をいつまでもしっかり守っていく色としての形に祝杯をあげて励ます気持ちで、

  色は匂へと咲きぬるを
  我が世や誰ぞ夢ならん
  仰ぐ酔(ゑ)ひ洲けふ越えて
  有為(ゐ)の常見む散りもせず

と歌ってみた。「ん」を含む48字が乱れた戦争とは無縁に整然と75757575と並ぶなか、「いろはにほへど」は「いろはにほへと」に替わっている。これぞ、仮名を残して消えていく漢字の辞世の句にはならないか。