relay essay|連閏記



42|建築のズレを調整する

五十嵐太郎(建築史)


 

ヴィチェンツァのバシリカ

 建築のデザインは、柱や開口部、あるいは階高など、規則的な反復を含んでいるが、それぞれ別の論理によって設定されるため、ズレが生じることが少なくない。それゆえ、暦における「閏」のように、なんらかの調整が求められる。細かいディテールで言えば、タイルの目地もそうした役割をもちうるだろう。一般的に目地の役割としては、揺れや温度変化によるひび割れや破損を防ぐことが挙げられるが、施工で生じる微妙なズレを吸収することも重要である。また抽象的に示される図面上のグリッドの点と、実体をもった柱は異なる。それゆえ、古典主義の建築において、イオニア式やコリント式、すなわち豊かな装飾の柱頭をもつオーダーを反復する場合、隅部の処理で不都合が生じやすい。その結果、柱が壁にめり込んだような不自然な状態になってしまう。
 モダニズムは、外観と内部の一致をめざした。倫理的に正直なデザインを求めたからである。おそらく、それ以前の様式建築が、ファサードの比例や構成など、美しさを最優先に考え、内部の空間があとまわしにされていたことに対するアンチだった。もっとも、レム・コールハースが『錯乱のニューヨーク』で論じたのは、資本主義と高密度の空間利用によって、摩天楼の外観と内部が一致しなくなるマンハッタニズムのデザインである。ニューヨークの超高層ビルは、単一のパッケージのなかに、オフィス、商業施設、ホテルなどの異なるプログラムが内包されているというわけだ。
 これはポストモダンの建築論としても知られる著作だが、一昨年、中国の東莞市で見学したファーウエイの研究所には驚かされた。これは日建設計がコンペで勝ちとったプロジェクトであり、ヨーロッパの歴史的な都市をモチーフとする12の街区を設計している。ハイデルベルク、ボローニャ、ヴェローナ、グラナダ、ブルージュ、オックスフォードなどの建築の外観をきわめて正確に再現しているが、テーマパークではない。内部はすべてオフィスや研究施設なので、別の論理によって必要な階高が設定されている。興味深いのは、ズレを調整していないことだ。実際に見学はできなかったが、室内からは開口がヘンな位置にあるという。

中国広州近郊、ファーウエイ研究開発センターの街路

 さて、今回の「閏」というテーマをいただき、最初に頭に浮かんだ建築は、パラディオによるヴィチェンツァのバシリカだった。彼は後期ルネサンスの建築家であり、知的なデザインや、自作の図版入りの建築書を初めて刊行したことでも知られる。いわば近代以降の建築家に通じる、強い自意識をもった最初の建築家と言えるかもしれない。バシリカと呼ばれる作品は、ゴシック様式の公共施設に対する増改築のプロジェクトだった。その際、まわりに2層のロッジア(開廊)を付加して包むのだが、既存の建築のスパン(柱間)が不規則だったため、普通のルネサンス建築のやり方で、アーチを並べると、いびつになってしまう。半円アーチの場合、幅がその高さを決めるため、ばらばらのスパンでは高さも不揃いになる。
 そこでパラディオが試みたのは、アーチの両側に小さい2つの矩形をつけたユニットを導入することだった。既存の構造体にあわせた大きな円柱と低い円柱のあいだが矩形になっている。この矩形の幅によってズレを吸収し、アーチの大きさを一定に保つのだ。人はアーチのかたちに注目するが、不均等な矩形は気にならない。なにげなくバシリカを見ても、わからない操作だが、低い円柱をよく観察すると、大きな円柱との距離が一定ではないことがわかるだろう。パラディオは、ヴェネツィアの教会において神殿をモチーフとする複数のデザインを設定し、それらを重ねあわせるといった高度なデザインも試みた建築家である。バシリカも、既存と増築の2つのレイヤーをいかに調整するか、という試みだった。

山形県、文翔館(旧県庁舎)の旧正庁