relay essay|連閏記
44|Pa genyen?
渡邊未帆(ミュージシャン/音楽研究)
「Pa genyen.」
ハイチで覚えたクレオール語のひとつだ。「ない」という意味で、pa は否定、genyen は「ある」「持っている」。ハイチで日々を過ごすうちに、「ない」という言葉が、私にはだんだん不思議なものになっていった。
ハイチでは、フランクの「ラクー(lakou)」に滞在していた。ラクーは、家のまわりに広がる庭や中庭のような場所だ。一日のほとんどをここで過ごす。朝は、鶏の声から始まる。
まず口にするのは、お茶だ。シトロネル(sitwonèl、レモングラス)、コウソル(kowosòl、サワーソップ)、アソシー(asowosi、ニガウリ)、グォ・テン(gwo ten、キューバンオレガノの仲間)、プワ・コンゴ(pwa kongo、キマメ)、デゴンフェ(degonfle)、ランギシャ(lang chat)、ブワ・シャンデル(bwa chandèl、マツの一種)、ヴェヴェン(vèvènn、バーベナの仲間)、フェイ・マンゴ(fèy mango、マンゴーの葉)、ブワ・カネル(bwa kannèl、シナモンの木)、バジリク(bazilik、バジル)……。数えると十二種類。鍋いっぱいに入れて煮出し、最後に塩を入れる。初めて飲んだときは、お茶なのか薬なのか、それともスープなのかと思ったが、毎朝出てくるので、そのうち考えなくなった。葉や木の味がぎゅっと煮詰まった濃い液体を、ぐいっと飲み干す。
そのあと、マンバ(manba)を塗ったパンとアボカドとバナナ。それにコーヒー。マンバは近所の人が作るスパイス入りのピーナツバターだ。塩気のあるマンバに、アボカドのまろやかさ、バナナの甘さが絶妙に合う。コーヒーは水と砂糖を沸騰させ、その砂糖水でハイチ産の豆を漉す。そこに「ALASKA」と大きく書かれ、金髪の白人の男の子が描かれた缶入りミルクを加える。突然現れるこの取り合わせがあまりに異質だ。
これで朝ごはんは終わり、と思っていると、しばらくしてスープがやってくる。さっき朝ごはんを食べたのではなかったか。パンの入ったスープで、アランソー(aransò)という燻製ニシンとスパイスがきいている。日本の鰹だしにもどこか通じる、魚の旨味のきいた落ち着く味だ。パンが入っているのに、さらにドンブレ(donbrèy)と呼ばれるすいとんのようなものと、プランタン(bannann、甘くない調理用バナナ。芋のように使う)まで入っている。できるまで一時間ほどかかる。ガスコンロもミキサーもない。まず火をおこす。トマト、ピーマン・ドゥース(piman dous、日本でいうピーマン)、ピーマン・ピケ(piman pike、唐辛子)、プワオ(pwaro、長ネギ)、にんにく、パセリ(pèsi、香草)、タマネギ、タイム(ten)、クローヴ(jiròf)、レモンと塩。これらを「ピロン(pilon)」と呼ばれる臼で丁寧につぶす。そう考えれば、朝ごはんのあとにスープがやってくるのも当然なのである。そして、よそから朝ごはんだけ食べに来た鶏は、食べ終わるとまたどこかへ帰っていく。
スープまで食べ終わると、車で市場へ夕飯の食材を買いに行く。山羊肉(vyann kabrit)。市場では、その場で解体されたものが並ぶ。顔も、内臓も、蹄も残っていて、生々しい。にんじん、キャベツ、なす、青いパパイア、ミリトン(militon、ハヤトウリ)、ラロ(lalo、モロヘイヤに似た葉野菜)、豆……。果物は、マンゴー、グァバ、パッションフルーツ、シトロン。シトロンは、生肉を洗うのにも、料理にも、ジュースにも使う。
そして、氷。ラクーには冷蔵庫がないので、氷が毎日必要になる。買ってきた氷は、ハイチのビールPrestigeと一緒にクーラーボックスへ。店で、覚えたてのクレオール語で注文してみる。
「Mwen bezwen glas.(氷が欲しいんですけど)」
ところが、午後になると氷はなくなってしまうことがよくある。
「Pa genyen.(ないよ)」
ない。「午後には入荷します」でも、「あちらの店ならございます」でもない。待ってもないし、ほかにもない。ないときは、ない。それだけである。
「Pa genyen」という言葉は、その後も何度となく耳にした。氷だけではない。ラクーでは、暮らしに必要なものがいつも「ある」とは限らない。そのかわり、それがどこから、どうやってやってくるのかがよく見える。電気は屋根の太陽光パネルからくる。Wi-Fiはない。水は川から引く。晴れの日が続けば電気は増えるが、川の水は減る。雨が降れば水は増えるが、使える電気は少なくなる。シャワーはバケツの水を浴び、洗濯は川でする。午後になると、木から白い花が雪のようにぱらぱらと落ちてくる。しばらくすると、ラクーの地面は花でいっぱいになっている。
夕方になり、ごはんの時間がくる。夕飯は、山羊肉入りのレギューム(野菜の煮込み)とごはん、それに豆のソース。約束していなくても、近所の誰かがふらりとラクーにやってくる。人が来る。鶏が来る。一緒にごはんを食べ、話し、笑う。誰かが太鼓を持ち出せば、音楽が始まる。気づけば、ラクーはいつも何かで満ちている。
今日は氷がない。冷蔵庫もない。Wi-Fiもない。
Pa genyen.
たしかに、ないものはある。でも、ラクーにいると、ときどき同じ言葉を疑問形にしてみたくなる。
Pa genyen?
本当に、ないのだろうか。
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