楽の器|土取利行
10|イラン楽器との出会い
写真1 セタールを演奏するアリアクバー・ダダッシュ・ザデーと工房の女性ザーブ奏者
2024年に建築家の磯崎新氏の追悼として企画されたイランにおける『間』展でのプログラム実行のため、何度かイランを訪問し、アリアクバー・ダダシュ・ザデー氏を介して数々の音楽家と巡り会え、彼らを日本に招聘して合同演奏もしてきた。ザデー氏はウード、セタール、サントゥールなどを奏するマルチプレイアーであるが、その楽器は自ら製作し、繊細な音色が醸し出されている。
イランの古典音楽は旋律やリズムにおいて洗練が見られ、それが同様に楽器作りにも見られる。ザデー氏は私が楽器に興味があるということで、まず彼の故郷であるタブリーズの太鼓(ザーブ)製作工房に連れて行ってくれた。一見すると建築工場かと思われる広い内部には工場長の父とペルシャ衣装に身を包んだしとやかな娘さんが待っていた。
アクバーの良き友人である工房長がザーブの本体であるワイングラス型の木製胴の製作場へ案内してくれる。工房の隅に木屑の山があり、その中に木をくり抜いて作ったザーブ本体を長く入れておくという。完全に楽器を乾燥させるためなのか、理由は定かでない。アクバー氏がセタールを演奏すると父親はペルシャの歌を披露してくれ、その後で娘が自身のザーブで華麗な演奏を聴かせてくれた。楽器工房の親子は実に音楽上手でもあった。
アクバーはこの他にタブリーズにある弦楽器の楽器工房や、古い楽器が多く展示されている楽器博物館などにも招待してくれ、ここではよく知られたサーズ奏者のチャンギズ・メディプールと演奏することもできた。
写真2 サーズ奏者チャンギズ・メディプールと土取利行
本連載は「楽の器」というタイトルであるが、こうした演奏家や楽器作りの職人を通じて、イランのテヘランでも、まさにこの器にこだわった職人というか芸術家に出会うことができた。
ある日、ザデー氏が自分の楽器作りの先生でもあるレザ・ジャレ(REZA JALEH)氏の楽器工房に連れて行ってくれた。レザ・ジャレ氏はイランのテヘランに工房を持ち、伝統楽器のタール、セタール、タンブール、サントゥール、カマンチェ、ゲイチャックなど、多岐にわたる伝統楽器とオリジナルな革新的楽の器の制作者として知られる稀有な存在である。
写真3 楽器作りの異才レザ・ジャレと彼の工房
案内された工房には楽器作りの機械や道具が備えられており、普通の工房と変わりなかった。ザデー氏もこの工房を借りて自分も楽器作りに専念しているという。
レザ・ジャレ氏はとても気さくな人で、私たちを階上の部屋に案内して、保管している創作楽器を次々と運んできて見せてくれる。なんとシュールな楽器なのだろう。楽器というよりも美術作品のようで、昆虫か何かの動物を想起させるものもある。
例えば、イラン・バイオリンの造形美はどうだろう。胴部が曲線美豊かな女体のように作られており、下部の弦は手形をした4本指のアジャスターに結ばれている。その上部の糸巻きはペルシャの装飾品のような形とデザインを施している。細部にまで彼の芸術的視点が張り巡らされている。
写真4: ジャ・ザレ製作のイランバイオリン
蝉のような形の胴部を持つタール、奇妙なホーンのような形をしたケマンチェ、次々と持ち出される造形楽器にただただ驚かされるばかりだった。「楽の器」の才人は、こうした作品のほとんどを自分のコレクションとして保持しており、その数は尽きないという。
写真5 レザ・ジャレ製作のケマンチェ
写真6 レザ・ジャレ製作のタールとセタール
アリアクバー・ダダシュ・ザデー氏のように楽器を自分で作り、作曲をし、演奏をするといった音楽家は稀で、来日したときプレゼントしてくれたセタールは、ケースまで自分で作ってくれた心のこもったものだった。
ちなみにセタールは、その前身を古代エジプトの三弦楽器ネッフェルとし、イランのセタール、インドのドターラ、中国の三絃、沖縄の三線を経て日本の三味線になっていく系譜が見られる。前回は日本の鼓のルーツがインドやシルクロード各地にあることを述べたが、シルクロードの出発地点ともいえるイランに三味線のルーツも見ることができる。
アリアクバー・ダダシュ・ザデー氏との出会いで、イランにおける素晴らしい音楽家や楽器の数々と巡り会えたことを感謝したい。
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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