楽の器|土取利行
11|マリで出会った瓢箪楽器
カマレン‘ゴニ(Kamaren’Goni)を奏する土取利行
2004年にピーター・ブルックは「ティエルノ・ボカール」という演劇作品をパリのブッフ・デュ・ノール劇場で発表した。ティエルノ・ボカール(Tierno Bokar、1875-1939)は、西アフリカ、マリ・バンジャガラのスーフィー聖者で、当時のフランス植民地政府の思惑や、現地の部族主義・宗教的な内紛に巻き込まれながらも、異なる信仰や異なる意見を持つ人々にも排他的にならず、宗教的寛容と普遍的愛を説いたが、周囲の嫉妬や誤解から不遇のまま亡くなった。
ティエルノ・ボカールの教えは、彼の直弟子であったマリの偉大な作家アマドゥ・ハンパテ・バー(Amadou Hampâté Bâ)が、その言葉を忠実に記録し、『ティエルノ・ボカールの生涯と教え』を出版したことで、世界に知られることになった。ピーター・ブルックは「マハーバーラタ」の制作中に、当時パリで外交官を務めていたハンパテ・バーに出会って興味を持ち、「ティエルノ・ボカール」(のちに英語改訂版「11 and 12」)を舞台化し、世界公演を行ってきた。その制作準備段階で私は音楽調査のため、ピーターとマリの首都バマコやティエルノの居住地であったバンディアガラなどを訪れた。
この時は舞台でのティエルノ・ボカール役となるマリ出身のソティギ・クヤテとハンパテ・バー役のハビブ・ダンベレが案内役を引き受けてくれ、まず首都のバマコではハビブのパートナーで高名な歌手のファンタニ・トゥーレが自宅に音楽家たちを呼んで演奏会を開いてくれた。近年ではマリやセネガルなど、西アフリカといえばジャンベばかりが目につくようになっているが、この夜の宴ではその太鼓とは異なる伝統楽器が並んでいた。そして、とりわけ注目したのが瓢箪の「楽の器」である。
まずは歌手のファンタニ・トゥーレが歌う時に叩いてリズムをとる大きな瓢箪の殻を半分に切った形のカラバス。そして二人の若者が演奏してくれた瓢箪の共鳴体を持つ撥弦楽器、カマレン‘ゴニと西アフリカで広く使われているコラ。少し遅れてやってきたズマナ・テレタという男が手にしていたソク(soku)と呼ばれる一弦フィドル。これは直径20センチくらいの瓢箪を半分に切った共鳴体にトカゲの皮を張り、馬の尻尾の一弦が張ってある。その弦を同じく馬の尻尾を湾曲した小さな木製弓で擦って演奏する。ソクはマリ共和国の北部や、ニジェール川流域に暮らすソンガイ族の伝統楽器。ズマナはタクシー運転手をしていたが、ある時ソクを引きながら歌う音楽家と出会い、プロの音楽家としての道を選んだという。この夜、瓢箪楽器の他にも木製のン‘ゴニ奏者と珍しいマリのフルート奏者も駆けつけてくれたが、最も印象深かったのは、ソクを弾きながら歌ってくれたズマナの演奏である。
上から:歌手のファンタニ・トゥーレ、歌手でソク奏者のズマナ・テレタとカマレン‘ゴニ、コラ奏者
2017年郡上八幡音楽祭で、マリの音楽家を招聘する企画を立てた。第一に考えたのがズマナ・テレタのソク演奏とブルースフィーリングの歌である。マリの友人、美術家でピーター・ブルック劇団で役者としても活躍していたアブドゥー・ウォログァムが彼と他の音楽家も紹介してくれていたが、ズマナは来日を計画していた2017年に不慮の死を遂げ、プログラムを大きく変えることになった。
アブドゥーがズマナに変わって紹介してくれたのは、ポップス界の王者、ボーカリストでギタリストのアリ・ファルカ・トーレと活動を共にしてきたカラバス奏者ハンマ・サンカレをリーダーとする三人の音楽家だった。来日したのは他にアサバ・ドラメ(ン‘ゴニ、タマ奏者)、ヨロ・シセ(ン’ジュルケ奏者)で、ハンマ・サンカレは大きなカラバス、ヨロ・シセの演奏するン‘ジュルケは、ソクとよく似た小さな弦楽器だが、二本弦の撥弦楽器である。ここでも瓢箪が歌の良き伴奏楽器となっていた。
話をマリに戻す。バマコ滞在中にハビブは知人が教えている音楽学校に連れて行ってくれた。目的は「ティエルノ・ボカール」の劇楽で使いたいと思ったカマレン‘ゴニを手に入れることだった。教師はいくつかの自作のカマレン‘ゴニを使っていて、小型のそれを交渉の末に手にすることができた。この貴重な楽器は劇で使うことになっただけでなく、日本でのコンサートでも演奏の機会が多くなっているし、作り方もわかったため、桃山晴衣が以前三味線の胴を大きな日本製の干瓢を利用して作っていたのを思い出し、今では瓢箪ならず干瓢の殻で大きなカマレン‘ゴニを作って演奏もしている。
最後にマリの弦楽器ン‘ゴニの仲間で、強烈な印象を与えられたドンソン’ゴニという楽器について書いておこう。この楽器は、構造的にカマレ・ンゴニと同じだが、非常に大きな瓢箪の殻を共鳴体に用いている。マリの西南部ワスル地方の猟師が狩猟儀礼に用いる伝統楽器で、今でも職業音楽集団によって儀礼音楽が守られている。
ある日の午後、ソティギ・コヤテが私のためにすばらしい音楽家を招待して歓迎会を開いてくれた。彼はグリオの家系ともあって、妹の家の庭に大勢の人が集まって音楽会の準備をするなか、宝貝で飾られたインディゴの衣装をまとい、大きなドンソン‘ゴニを抱えた楽士がやってくる。彼らはすぐにソティギに跪き、かけ声のようにバンバラ語の短い挨拶が二人の間でしばらく繰り返された。やがて楽士がン’ゴニのリズミックで力強いビートに乗って低く太い声で門付け者のように語り、歌う。地を踏む足が砂煙をあげる。もう一人の楽士がン’ケレニェというスリットの入った鉄パイプのササラを擦りながら相槌を打つ。歌でソティギや集まった人たちに向けて、終わることのない旋律の短いフレーズが飛び交っていく。
この楽器もまたポップスの世界で注目され、その名人たちが脚光を浴びるようになっているが、このように一人一人に直接語りかけてくる音楽世界にこそ強い霊性を感じてやまなかったのである。
ドンソン‘ゴニ奏者
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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