楽の器|土取利行
13|マリ共和国ドゴン族の楽器[2]
穀物を杵でつくバンジャガラの人たち
(承前)
2日目に私たちはドゴン族の結婚式の歌を聞かせてもらった。実際にこの歌は男女一緒になって歌うものだが、この日は6人の男たちが歌った。大きな瓢箪を半分に切ったものを地面に逆さに伏せて、殻の表面を素手で打って伴奏する。歌は一人の歌手に他の人たちが合唱で掛け合っていく。同じ旋律がなん度も繰り返され、歌詞の意味がわからない私には少し退屈な音楽だった。
ドゴン族は、音楽が魂を鼓舞するということを信じている。人間のみならず、動植物など異なる魂に添って儀式や音楽がもたらされる。フォニオ(*)という穀物を例にとれば、摘み取られたばかりのフォニオは角笛の伴奏で夜明け前に村に運ばれ、夜通し脱穀が行われる。フォニオは神が最初に創造した穀物の象徴として賛美されるが、稗にも独自の儀式と音楽が伴う。この儀式は村の宗教上の首長、オゴンと呼ばれる長老によって決められた日の真昼に行われる。若者たちが収穫した稗が広場に集められ、長老オゴンが供犠を伴う特別な儀式を行った後、参加者たちが杵で稗を搗きながら歌をうたう。歌によって稗の粒に活力が与えられるという。日本でも粟や稗などの穀物を主食にしていた頃、稗搗き歌として作業をするときに歌われていたが、今ではこうした穀物も歌も疎遠となってしまっている。
音楽の魂への働きかけは、死者に向けられる時、すなわち葬儀の時に結集される。村人が全員集まり、楽師が太鼓を打ち鳴らし、歌い、死者の魂に呼びかけていく。何日にもわたって続くこの儀式は仮面をつけた踊り手の登場でクライマックスを迎える。「死者を哀悼することは、穀物の種を撒くことだ」とドゴン族はいう。男女一体になり死者の復活と不朽を祝うのである。こうした死者の葬儀や60年に一度村を替えて開催されるといわれる特別な機会でしかみられないのがドゴン族の仮面舞踊であるが、意外な機会が訪れた。
実は先の述べた結婚式の歌を聞かせてもらった日の午後、宿泊施設近くの広場を歩いていると、ミニバスがやってきてヨーロッパの観光客がゾロゾロ降りてくる。ガイドが彼らを村に案内した後、これから仮面踊りが始まるという連絡があった。祭儀のためでなく観光客のために行うというのだ。ドゴン族の仮面踊りも世界各地で進む観光パーフォーマンスと変貌してゆくのだろうが、思いがけないこの知らせに広場へと駆けつけた。
仮面踊りの演奏をする三人のドラマー、右端は盲目の老人だった
大樹のそばに3人の太鼓奏者がスタンバイしていた。やがて遠くの稗畑から仮面をつけた踊り手が次々と駆け出してくる。40名ほどの仮面ダンサーが集結し広場は一気に花が咲いたように明るくなった。踊り手は全員三重の腰蓑をつけている。一番下が黒でくるぶしあたりまである。次に鮮やかな赤で膝の上あたりまでの長さ。一番上が黄色で短い帯のようなもの。上半身は裸で白い宝貝を縫い込んだ胸バンドをつけていたり、作り物の黒い乳房をつけていたりする。
仮面踊りの集団、後列右端が長い柱の仮面をつけたシリグェ
仮面は実に多様だ。中でも人目を引くのが一族の仮面と言われるシリグェ。透し彫りの3メートル近くの柱を頭上につけた仮面でこれは一族の家、死者を覆う布、織り機の縦糸を象徴しているという。また50センチほどの高さになる白い十字架のようなものをつけた仮面カナガ。両腕をV字型に上げた女の像を載せた仮面サティンベや野うさぎの仮面等々。全ては木彫りであるが、宝貝を編んで作った娘を表す仮面も見られ、着用者は黒い乳房を胸にかけている。ドゴンの仮面踊りは男だけで行われ、女は仮面にも太鼓にも触れることすらできないということであった。
左端から2人がカナンガの仮面をつけ、3人目がサティンベの仮面をつけている
踊りは軽く跳ね上がるものが多く、中でも人目を引くのが、シリグェとカナガの仮面踊りだ。シリグェの踊り手は長い頭上の柱を駆使して軽くステップを踏み、大地に跪いて東方に頭を垂れる。柱の先端が地に触れると、何度もそれを何度もそれを前後に動かした後立ち上がり、しっかりと両足で大地を踏みしめたまま上半身だけを前屈する。そして柱が地面と水平になるように保ちながら、縁を描くように身体を回し続ける。カナガはすばやい跳躍を続けては止まり、上半身を前後左右に回して踊る。この時頭上の飾り物が地面につくまで上半身を深く曲げて回すのだが、この動きは太陽の回転を象徴しているという。
カナンガの飛び跳ねる踊り
仮面踊りの音楽は比較的単純である。先に紹介したボイトラ、ゴム・ボイ、ボイ・なという三つの太鼓が使われ、ユニゾンの反復リズムが主となって演奏される。実際の儀式で行われる仮面踊りは150人近くの踊り手が参加するといわれ、仮面の数もうんと増えるらしい。そんな代儀式に立ち会ってみたいものだが、60年に一度というシギの祭りに巡り会えることはまずないだろう。音楽を聞くという目的だけでここにやってきたのだから、仮面踊りの片鱗だけでも見られたことは苦労した甲斐があったと思う。
*フォニオ(フランス語: fonio、学名: Digitaria exilis)は、イネ科メヒシバ属に属する一年生植物で、食用として栽培されている雑穀である。年間約58万トンが栽培されている(2013年、FAO統計による)。穀物としては西アフリカの一部地域で栽培、流通しているのみであるが、世界の食料安全保障を向上させうる作物として注目されている。(Wikipediaより)
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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