楽の器|土取利行
5|水の太鼓[1]
ロングハウスにやってきたフォールスフェイスの結社が冬の儀式で病人を治癒する
アメリカ大陸にはウォータードラムという先住民特有の太鼓がある。太鼓の胴の中に水を注入して鳴らす特殊な打楽器で、器の形は様々である。古くマヤの絵文書などに、この太鼓の原型と見られる絵が描かれており、起源はメソ・アメリカの古代先住民に遡ることができると言われている。今日ではこの太鼓の分布域は南米アルゼンチンから北米カナダ、合衆国の先住民にまで大きく広がっているが、とりわけ先住民の儀式に多く使われるため、一般の目に触れる機会も少なく、音に触れることも稀であろう。
縄文時代の音楽について研究調査を進めていた頃、A.C.C.(アジアン・カルチュラル・カウンシル)の援助で北米のイロクォイ族の音楽調査を現地で行えることになった。イロクォイ族に焦点を当てたのは、彼らが今も水太鼓を儀式に用いているのと、かつての伝統文化に縄文時代のそれと共通するものが少なくなかったからだ。
その縄文文化と共通するものとしては、まず巨大な木造建造物が挙げられる。イロクォイ族は農耕、採集、狩猟生活を続けていた17世紀以前には、数十メートルもある樹皮製のロングハウスと言われる家屋が設けられ、数家族が共同生活していたと記録されている。しかし現在のイロクォイ族は16世紀後半に結成された政治的五部族連合体でニューヨーク州とカナダ南東部の保留地区に散在して暮らしており、このような住居生活は見られなくなっている。このロングハウスで想起するのは、青森県の三内丸山遺跡で発見された縄文中期後半(約4300年前)の長さ約32m、幅約9.8mの大型竪穴住居跡で、イロクォイ族のそれを彷彿とさせる。
オーク・ヒル・フェーズのロングハウスの概要。支柱型に杭が挿入されている。ニューヨーク州オノンダガ郡ハウレット・ヒル・サイトの建造物。左側は長さ 335 フィート
民族学者ウイリアム・フェントンによれば、このイロクォイ族のロングハウスでは真冬の祭り(ミッドウィンターフェスティヴァル)が催され、シャーマンの役割をする仮面療治団体によってフォールスフェイス(鼻曲がりの仮面)の治療儀礼が行われていたことが記録されている。この儀礼の日にはトウモロコシの粥が用意され、告知者から精霊たちへの感謝が述べられ、煙草が燃やされると仮面を被った結社のメンバーが入ってくる。ゴガーシャの仮面をつけた治療団体のリーダーは玄関を入ると「声がわきおこる」「声が流れる」といった短い歌詞を繰り返して『夢の歌』を歌う。この歌の開始は精霊が治療にやってきたことを意味し、さらに数人の仮面着装者が揃うとカミツキ亀のガラガラを振って歌を歌い踊りだす。この中で治療祈願者は仮面の長い髪に灰を吹きかけるのだが、これはこの灰を作った火によって祈願者が浄化されることを意味すると言われている。
こうして鼻曲がりの仮面をつけた者が、灰をあちこちに撒き散らして歌い踊り、焚き火の前に立った患者の治療を始める。
このフォールスフェイスの儀礼は、19世紀になってハンサムレイクという人物が神の啓示を受けて作った新興宗教ハンサムレイク教がかつてのロングハウスでの信仰を保持し、数々の伝統的な祈りも取り入れて継続してきたが、残念ながらフォールスフェイスの儀礼は20世紀に入ると完全に廃れてしまった。
ここでイロクォイ族の鼻曲がりの仮面についてもみてみると、同じように鼻曲がりの仮面が、岩手県北部、馬淵川流域の縄文遺跡などから発見されている。三内丸山遺跡の青森、鼻曲がりの仮面が出土する岩手は共に北日本の寒い地方であり、仮面をつけた秋田のナマハゲの到来も冬の儀礼としてある。また鼻曲がりの仮面は他にスイスの山岳地方に残る冬の祭りやエスキモーの祭りでも例が見られ、寒い冬の季節にみられるという共通性がある。
左:縄文の鼻曲がり土面/右:イロクォイ族の鼻曲がり仮面。土取利行『縄文の音』(青土社)より
イロクォイ族のフォールスフェイス由来譚にはいくつかの説があるが、その一つにこの世の主導権をめぐってゴガーシャという男が創造主と争う話が伝えられている。ゴガーシャはこの創造主との争いで岩山に顔をぶつけて敗北し、鼻を曲げてしまう。敗北した彼は、この世に住まわせてもらう代わりに人間の狩りの成功と病気を治癒することを創造主に約束し、今もロッキー山脈の近くに隠れ住んでいるといわれている。ゴガーシャの仮面は、彫られた時に霊力が宿り、冬の儀式でその仮面をつけた者は畏怖を持って迎えられるのである。
このようにイロクォイ族に伝わってきたロングハウスやその中で行われるフォールスフェイスの儀式は、日本と同様に、年に一度仮面を被った神々がやってきて人間の悪霊を祓い幸福をもたらす、いわゆる民俗学でいうところの来訪神として存在しているのである。
まずは縄文文化と共通するイロクォイ族の話をしたが、冒頭で述べた水太鼓については次稿で述べたい。
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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