楽の器|土取利行
6|水の太鼓[2]
ウォータードラムを演奏して歌うビル・クロウズ
先にイロクォイ族のロングハウスや儀式に使われる仮面などと縄文時代の文化の共通性について述べた。このロングハウスも今では切り妻式の木造家屋に代わり、ここでは新たにハンサムレイク(*1)教徒たちの宗教儀礼や集会が持たれ、新たなイロクォイ族の文化継承の場と化している。私が音楽調査で伺った1992年、案内役を引き受けてくれたビル・クロウズは30歳半ばの敬虔なハンサムレイク教信者で、幼い頃から祖父や両親に連れられてこのロングハウスでの儀礼に参加してきたという。また日常生活の中で伝統文化に親しみ、歌の名手であったフィデリア・ジェマーソンやヒューロン・ミラーなどから多くの歌や踊りを習い、アリゲーニー・リヴァー・シンガーズというグループを率いていた。彼はまたロングハウスでの重要なセレモニーを執り行うだけでなく、地域の中学校でイロクォイの言語や文化についても教えていた。
ビル・クローズは、セネカ、カユーガ、オノンダーガ、オナイダ、モホークのイロクォイ五部族連合体の一つセネカ族に属し、ロングハウスの儀礼だけでなく、多くの社交場面にお舞踊や歌や歌の指導にも従事していた。セネカ族の舞踊歌には古いモカシン靴の踊り、アライグマの踊り、コマドリの踊り、煙の踊り、棒踊り、魚の踊り等、いくつもの踊りがあり、男女が様々な列を組んで踊る。イロクォイ族は、歌ったり踊ったりして儀式に参加することで、自らの<力>を強くし、調整できると信じている。この<力>は、人間に本来備わっているものから超自然のものまでを含み、彼らはその<力>をオレンダとよんでおり、この言葉には、<力を伴った歌>という意味もあるという。
こうした舞踊歌と一緒に演奏されるのが、ンガー・ノー・ゴーと呼ばれるウォーター・ドラム(水太鼓)である。太鼓は掌に乗るくらいの大きさで、胴部、締め輪、皮膜で構成されている。胴部の材質は木をくり抜いたものが主であるが、近年は缶やプラスティックパイプを利用したものも見られる。筒形の胴部は桶のように底を持ち、側面一箇所に小さな穴を開けて木栓が差し込まれている。この胴の上部にあらかじめ水に浸しておいた鹿皮のバックスキンを被せ、胴の直径とほぼ同じ長さの輪を被せて締める。こうして皮膜の張り具合を大体調整した後、演奏者は口に含んだ水を、胴部の木栓を抜いた穴から注ぎ込む。胴の内部から皮膜を湿らせて音の調整をするのだが、これは水と一緒に<楽の器>の中に自分の魂を送り込むことでもあるといわれる。ウォーター・ドラムは必ず歌い手が奏し、自分の声と太鼓の声が合うように、締め輪と水で調整するのである。演奏は片掌の上に太鼓を置き、もう一方の手で装飾を施した短い棒で打って行う。
イロクォイ族のウォータードラム
イロクォイ族のウォータードラムがいつ頃発生したのかは未だ定かでないが、ウォータードラムの最古の記録はマヤ後古典期(250〜900年)の古写本や、マヤのドレスデン絵文書に伺うことができる(*2)。そこには双口土器を動物や人間が演奏している同じ形の絵図が描かれており、これらはウエウェトル、ティンバル・デ・バロと呼ばれ、現在もメキシコで用いられている土器のウォータードラムと同系統のものだろう。またメキシコには木製のカユムと呼ばれるウォータードラムもあり、北米大陸先住民の宗教儀礼や音楽、舞踊に、マヤ、アステカの影響を伺わせるものも少なくなく、こうした儀礼を通して楽器が伝播された可能性も無きにしもあらずで、今後の調査研究が待たれるところである。
イロクォイ族との繋がりでいえば、同じアレゴンキン語系の先住民族オジブワ族もウォータードラムを伝統的に使用している。現在彼らは五大湖西部地域のカナダ側保留地区に多く住み、合衆国でもミシガン、ウィスコンシン、ミネソタなどにも散在している。彼らのウォータードラムはイロクォイ族のものより大きく、杉やシナの木を高さ16インチほどの円筒形にくり抜き、松の木で作った円形の底板を取り付け、胴の側面には水を注入するための小孔が開けられ木栓が施されている。
オジブワ族のウォータードラム
この太鼓も鹿皮のバックスキンを柳の木で作った輪で締めて、挿入する水と共に音の調整をする。オジブワのウォータードラムには聖職者の階級を示す色の帯が胴に描かれることもあるが、太鼓よりも撥の方が大切とされている。
なお五大湖周辺にはウォータードラムを有するチッパワ族、パラワミ族、メノミニー族、ポタワトミ族など、湖や川の水の恩恵を受け、水を聖なるものとしてきた彼らの自然観から、ウォータードラムに水の霊力を反映させたのではないだろうか。
土取利行監修によるJVCワールド・サウンド・スペシャルからリリースされたCD、ビル・クロウズ率いるアリゲーニー・リヴァー・シンガーズの歌と水太鼓による「北米インディアン・イロクォイ族の歌」
イロクォイ族セネカ部族の居住地を流れるアリゲーニー・リヴァー
(*1)ハンサムレイク(1735年〜1815年8月10日)は、イロコイ族のセネカの宗教指導者で預言者。イロコイ連邦間の伝統的な宗教を復活させる上で主要な役割を果たした。
(*2)マヤ文明の栄えた時期は、先古典期(前1800〜後250年)、古典期(250〜900/1000年)、後古典期(900/1000〜16世紀前半)に大きく分けられる。
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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