楽の器|土取利行
7|トリブのメキシコ古代楽器[1]
1995年彩の国さいたま芸術劇場一周年特別企画「時空のかけ橋・日本の夢・メキシコの夢」の「ネイティブ・ドリーム」と題するコンサートでメキシコの音楽舞踊集団トリブと共演した。トリブはメキシコ南部の工房で共同生活をし、マヤやアステカなどの古代メキシコ民族の楽器を復元して演奏する得意な音楽集団である。日本先史時代、とりわけ縄文時代の音の世界を探究していた私にとって、縄文鼓とメキシコ古代楽器の合奏を通して、彼らとネイティブサウンドの響きを共有できたことは実に素晴らしい体験だった。
今回の「楽の器」では、彼らの演奏していた古代楽器の数々を紹介してみたいと思う。
トリブが演奏で用いているメキシコの古代復元楽器は、紀元前8世紀から16世紀頃までのオルメカ、マヤ、テオティワカン、アステカなどの時代に主として儀礼や儀式の場で使われていた土着の民族楽器を基本としている。楽器の復元は各地の遺跡から発掘された考古学資料や数々の絵文書を参照して行い、演奏方法や曲作りは文献資料に加え、長年実施してきた60近くの少数民族のフィールドワークの経験をもとに、様々な角度から科学的な考証も加えている。
古代楽器を膜鳴楽器、体鳴楽器、気鳴楽器に大きく分けて見てみると、それぞれに形状や大きさが異なり、特に打ったり、擦ったり、揺らしたりして鳴らす体鳴楽器は動物の骨、亀の甲羅、鹿の角、瓢箪の殻、木の実、石など、発音体の素材に富んでいる。それに対し、ホーンや笛などの気鳴楽器の素材は巻貝を除けばほとんど粘土製に限られている。これら粘土の可塑性を利用して作られた笛などは実に多様な造形美と音色を有している。
膜鳴楽器としての太鼓は、木の幹をくり抜いて上部に皮を張った大きさの異なるウエウェトルと呼ばれるものだけでなく、土器に皮を張った太鼓も見られる。
以下はこれらの楽器の概説である。
【膜鳴楽器】
トリブが私との演奏で用いたのは、まず木製のパンウエウェトルと呼ばれる筒形の高さ1メートル近くのドラム。サビナなどの木の幹をくり抜き、上部に皮膜を張って、周囲を膠と小さな木釘で固定している。これはアステカ族の儀式に欠かせない楽器で、胴の周りには緻密なアステカの戦闘舞踊や神の装飾的彫刻が施されている。16世紀の年代記作家の記録文献には、この太鼓が必ずテポナストリ(木製スリットドラム)と共に登場しており、祭祀で神官が演奏したと記されている。パンウエウェトルの演奏は素手か、詰め物をした皮袋を先端につけたマレット桴で打つ。
トリブと土取利行によるパンウエウェトル
次に木製のトラルパンウエウェトルがあげられるが、これも長さ1メートル近くの一面だけに皮を張った太鼓で、演奏の際に横に寝かせて胴に跨って奏者が演奏するため、膜面の側に短い二本の脚がつけられている。なおこの種のドラム奏法は紀元200~800年頃のメキシコ北西海岸文化のコリマ様式の土偶に見られる。
そして最後に木製ショコヨツィンウエウェトル。構造的には最初のパンウエウェトルと同じだが、大きさが小さくなって高ピッチとなり、トリブは他の楽器と一緒に演奏している。
ショコヨツィンウエウェトルと他の楽器
【体鳴楽器】
まず木製のテポナストリと呼ばれる全長50センチくらいのスリットドラム。クルミなどの硬質木材で作られるこの楽器の内部は共鳴膣を作るためにくり抜かれている。円筒形の楽器上部にはH字型の切り込みを施し、二つのパーカッションリードが設けられている。中には二つのリードが正確に五度音程に調律されているものもある。演奏はリードをゴムで包んだ木の桴で打つ。ウエウェトル同様、胴部に巧みな彫刻を施したこの楽器は、アステカ族が用いる以前にオアハカ州のマショテカ族やサポテカ族が2世紀頃から祭祀や儀礼で演奏していたという。テポナストリにはジャガーや人間の姿をしたものも多く見られる。
トリブ使用のジャガーの形をしたテポナストリと亀の甲羅アヨトル
メキシコの国立人類博物館に展示されているテポナストリ(トップ画像も)
アヨトルと呼ばれる亀の甲羅を用いた打楽器がある。亀の甲羅は豊穣の象徴であり、大地の怪物とも言われてきた。マヤ族では重要な祭祀楽器として鹿角で打ち鳴らされる。この楽器は古写本や壁画でも多く見られ、チアパス州、ユカタン半島、グアテマラでは現在も祭りの儀礼に鹿角で打って使われている。
トリブのアヨトルとメキシコ国立人類博物館のアヨトルの演奏像
(次号に続く)
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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