楽の器|土取利行
8|トリブのメキシコ古代楽器[2]
(承前)
【気鳴楽器】
▶︎粘土製三重フルート……グアテマラ出土のものを例外として、このような複合フルートはほとんどメキシコ湾岸地域とテオテワカンで発見されている。三重の管は一本が旋律、他の二本がドローン管として機能していたとされている。歌口が裏側にあるダクト・フルートで、吹口はそれぞれの管につながっているが、一つにまとめられているために三本同時に吹くことができる。
粘土製三重フルート:メキシコ国立人類博物館蔵
▶四つの指孔を持つ粘土製ダクト・フルート……これらのフルートはアステカ・タイプの典型といわれるくちばし状拭き口を持っており、筒の先端部に向けて先細りになったものは、強く吹くことでオクターブ音を容易に出せる。
四つの指孔を持つ粘土製ダクト・フルート:メキシコ国立人類博物館蔵
▶キキストリ……巻貝のホーンで、日本の法螺貝にあたる。テオティワカンの遺跡では祭壇から発掘され、神官が吹いていたものとされている。アステカでは人身御供を捧げる前に吹き鳴らされたという記録が見られる。また考古学者ホセ・コロナ・ヌニョスはインディオたちが風の中に神の存在を感じ、神の言葉は風が海の貝を吹き抜けなければ聞こえなかったという興味深い仮説をたてている。なおこのキキストリを模した粘土製のホーンもある。
キキストリ(巻貝製):トップ画像は粘土製キキストリ。いずれもメキシコ国立人類博物館蔵
▶シルバト……メキシコ湾岸文化古典期(六世紀頃)特有の無指孔フルート。発音機構はリコーダーと同じだが、管の中に球が入っていて無調整な音階が出せる。先の大きな円の装飾は太陽を表し、外の突起は方位を表しているという。
シルバト:メキシコ国立人類博物館蔵
▶ウィラカピストリ……ツノトカゲを模したという大型のオカリナで深い音がする。
ウィラカピストリ:トリブ製作
▶エヘカトゥルチチュトリ……粘土製の無指孔フルートで荒い息の音だけを生ずる。アステカの儀式や戦闘などで使われる小さい笛だが、「死の笛」とも呼ばれその音は恐怖を呼び起こすような不気味でマジカルな雰囲気がある。
エヘカトゥルチチュトリ:Photo: Courtesy of UZH,Sascha Frühholz
▶トリブについて
アグスティン・ピメンテル、アレハンドロ・メンデス、ダビッド・メンデス、ラミロ・ラミロスの四人の音楽家を中心とする音楽舞踊集団。現代メキシコ・シティー南部に工房を築きダンサーや楽器製作者たちと共同生活を続けている。グループの発端は70年代に初頭にアグスティン、アレハンドロなどが子供たちに自然体験をさせるために作った登山グループ。トリブという名前はこの時に用いられたものだが音楽活動とは無縁だった。その後、国立自治大学で民族音楽学を専攻し60近い少数民族の地でフィールドワークを重ねたアグスティン、アレハンドロが、74年から75年にかけて、この成果を基に現在の音楽集団トリブの母体を結成。当初の音楽はフォルクローレの音楽や、アフリカ、アジアの民族音楽などを取り入れたエスノポップ的な傾向が強かったが、次第にマヤ、アステカなどの古代音楽の復元を楽器作りも含めて積極的に推し進め、トリブ色を強めていく。85年、メキシコ大地震で音楽活動に窮し、グアナファト州のオトミ族の人々と文化活動を展開。博物館や野外劇場も設けるなどして五年間の活動を続けたが、外部からの経済的援助が得られず、再びメキシコ・シティーに拠点を戻す。現在は国立人類博物館でのデモンストレーションを始め、テノチティトランやテオティワカンの遺跡などで定期的にパフォーマンスを展開。またジャン・ミッシェル・ジャンなどの海外のポップ・アーティストとも共演し、最近では映画「フリーダ・カーロ」で主役を演じたオフェリア・メディナとサパスティスタのためのコンサートを催すなど幅広い活動を繰り広げている。トリブの活動は演奏だけにとどまらず、CADEMACという組織を設け、ワークショップ、楽器製作、衣装製作、レコーディング、カセットやCDの製作販売、本の出版に至るまで全て自主的に推し進めている。95年の秋、6名のダンサーと共に初来日、彩の国さいたま芸術劇場において、その大地に根ざした音楽と舞踊で日本の観客を魅了した。
土取利行&トリブ「ネイティブドリーム」(1995)
1995年、来日したトリブとの共演から22年後の2017年、ピーター・ブルック劇団の「バトルフィールド」公演でメキシコシティーを訪れた時、かつてのトリブのメンバーたちが演劇公演を観に来た後、メンデス兄弟の家に誘ってくれ、当時子供だった懐かしいメンバーとも再会した。彼らは今も新たな音楽活動を続け、古代楽器の製作や演奏も継続しており、文化伝承の意思の強さを再確認させられた。
写真左よりダヴィッド・メンデス、アレハンドロ・メンデス、土取利行、アグスティン・ピメンテル。2017年メキシコシティーにて
土取利行
1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。
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