ときの酒壜|田中映男
18|アフリカ聯話6 カラバルの民話
ナイジェリア南東部のクロスリバー州を訪問して、カラバルの知事客舎に滞在しました。朝早く広い庭に出ると、遠く白い川霧が湧いていました。静かな岸に水鳥が眠り霧の中から男が二人出て来ました。牛を牽いています。一人は蛮刀を挿して、連れは大瓢箪(カラバシュ)を頭上に乗せて運びます。
ちょうど日が昇り、男たちはどうやら祈っているようです。一人は蛮刀の刃を牛の首にあてます。牛は緩慢に膝を折り、頭を下げ、それから揃えた前脚に頭を乗せるともう動きません。男たちは井戸に行き、手押しポンプのハンドルを動かして水を汲んで、カラバシュをいっぱいにしました。客舎に戻ると、先ほどの二人が前庭で火を熾していました。朝食の準備でしょう。
カラバルは英国が最初に総督府を置いた港で、丘の上に英国から輸ばれた2階建ての居館があります。毎日港を監視して、事が起きたら対応しなければなりません。首都、アブジャに着任して英国のゴズニー大使(高等弁務官)を表敬した際に、お茶に呼ばれました。「帝国の植民地官僚の平均余命を計算すると、東西で違う。明瞭に西岸が短い。おそらく気候が劣悪でストレスが多かったのだ」と教えてくれました。陽が出て沈むまで、カラバルで港を見張る総督の頭上には、2メートルの翅を廻す扇風機が据えられ、足元には綱を引いて一日中風を送る召使が二人控えていました。
緑色の建物の壁に白黒写真が一葉、肩幅の広い少年と死んだ豹の写真です。1860年の撮影、日本なら幕末です。案内人は、少年を指して「ヒー・ウォズ・ビカミング・ア・グロゥイングマン」と誇らしげに言います。枝に下がる豹は、人食い豹です。少年に追われて藪で闘ったのです。かつて、獣に好敵手を見出し、挑んで仕留めれば、成人男子の誇りになったのです。
ところで水汲みは子供の日課です。聯話の1回目、英語で俳句を教えた話を書きました。その秀作に水汲みの句がありました。
〝水汲みで/ママの瓢箪滑って割った/わあ大厄災〟
大厄災の原文は" a great calamity "です。母子はどんな会話を交わしたのでしょうか。
アフリカ全域にカラバシュの霊力を伝える民話が残ります。そもそも世界は割れた大瓢箪から出て来たのですから。日も月も星もエミール(伝統的な王)も奴隷も獣も、皆揃っていっぺんに跳んで出たのです。昔は王様も手が足りないと太鼓を叩いて、豹や鰐を招き廷臣に任命しました。
ここらはアフリカ相撲(ダンベ)が盛んです。相撲好きが嵩じて弟子を探していた爺様がいました。川辺でころころと相撲をとっていた幼い鰐と人の仔を見て声を掛けました。一歩前に出る鰐の仔サフ(サフィール)は怪力で、投げた相手を怪我させますが、人の仔タフ(タフィオン)はその力を流して柔らかく受けます。性格が対照的で仲が好く、毎朝川の神様のために一節謡います。村の女性が太鼓に合わせて、膝と肘を叩いて踊ります。日が沈むまで二十番稽古して、沐浴して、神様にお礼して、爺様のヤム芋飯をいただいて、家に帰ります。家でサフは異国の話を聞き、タフは母から亡父の太鼓の節を教わります。サフは大きく強くなり、その投げを防げるのはタフだけでした。その粘り腰と鯖折りだけです。見物衆は「この二人に敵う者はいまい」と感心します。ところでリトル・ドラマーボーイでもあるタフは、川筋の村々の祭りに呼ばれ、娘らの評判も良いのです。面白くない顔つきの青年もいます。でもサフが付いています。そのサフが遠い川筋に修行に出ました。すると村の青年の心で悪心が飛び跳ねました。古人は、イファ占いの託宣でこう言っています。「ほれ悪心が飛び跳ねておる。まず優心を座らせて、くつろがせるが良い」。
ここは奴隷積出し港で、材木とパーム油の船が行き交い、間違いも生じます。交易商人は鰐と人を護衛に雇います。腕っこきたちがともに働きともに楽しむ倶楽部を作っていました。そこに村の青年が金で悪事を頼んだのです。タフは沐浴に連れ出され、腰を掴まれて洞窟に攫われました。
タフの母は泣きません。川辺で祖先の霊を祭り、カラバシュの水を川面に注いで亡夫に訴えました。サフが帰って来てこれを知ると、洞窟で鰐と人を数珠つなぎに縛りあげ、友だちを担いで家に戻りました。「これは命で償う悪です。私が投げ殺しましょう」とサフは言いますが、母は「人数が多すぎる。王様の上の英国総督に訴えましょう」となだめました。
総督は港の上の館で、扇風機のぬるい風に当たりながら、訴えを聞きます。「神は人と獣を区別せよと言う。人間は懲役で、鰐はロンドンの動物園送りだ」と決めました。それ以来。人は人、鰐は鰐という区別が生れました。
誇りの問題について、別の機会に別の角度から考えました。国立公園の隣に村がありました。そこに国連経済社会理事会に登録した動物保護の国際NGOが来ました。村の女と相談しました。「絶滅危惧種を守るために、男たちの狩りを辞めさせよう、代わりに公園に来る観光客に土産物を売れば良い、そのためには職業訓練センターを作り、英国から先生を招いて、村の女に工芸品と手織物を教えてもらう」ということになりました。建物だけ日本に援助して欲しいとのこと。ナイジェリア政府からのその要請を受け、日本が応じました。開所式の挨拶のためにその村を訪れた私は、妻たち、政府係官、ロンドンから来たNGO会員たちとともに、前庭に拡げられた筵を見て廻りました。その上には藪鼠や蝙蝠、カワセミや青鷺の遺骸が置かれ、周りには村の男たちが使っていた玩具のように小さな弓と矢が並びます。「矢には毒が塗られています」。ロンドンからやって来た女性記者に、政府の女性係官が説明しています。記者は頷いてメモを取ります。筵を囲んで記念写真を撮る輪から、明るい煌めくような笑い声が弾けます。会話から離れて、村の男たちが静かに立っていました。暗く、どんより沈んだ目つきでした。誰ひとり語る者はいません。地球環境、絶滅危惧種、国際協力などは、言ってみればインターナショナルな神です。成人になった少年猟師の誇りは、その土地のローカルな神です。今日だけは、どこか遠くの方に遠慮しているのです。
田中映男(たなかあきお)
1947年、東京都生まれ。1971年、外務省入省。2010年にオーストリア大使を退職するまでの40年間に、海外の任地に8回勤務、80カ国以上を訪問。趣味は茶の湯、陶芸、銅版画など。