ときの酒壜|田中映男
20|アフリカ聯話8 停電
中学では新宿駅から赤十字産院下まで都電で通学したので、車内の先輩同士の会話をぬすみ聞きました。
「おんなじ焼け跡でも新宿は渋谷より復興が早かったんだ。なぜか知ってるか、それはな、東口の闇市を仕切っていた関東尾津組が電線を引いて裸電球を点けたからさ。光は新宿からってな」
へえ、そうか。「アフリカ聯話」の第4話のムアズ知事は電気のない村を回る時に、来年か再来年のクリスマスにはきっと電球を灯すと言って回ったそうです。こうも言っていました。
「電気がない方が素(もと)なんだ。けれど人間は電燈の色を知ったら、もうダメで贅沢を欲しがる。日本の電化支援に感謝する」
ラゴスのワンリは「世には停電のある国とない国の違いがある。吾が娘ニフェは停電の中で自家発電機で産湯をつかった」と言います。俺は神田っ子だから神田上水で産湯をつかった、という自慢に似ています。ナイジェリアの停電は長いのです。風呂に浸かったまま、窓から星空を眺め、いつまでも公邸の非常電源が入るのを待ちます。立て続けに雷鳴が響き、椰子の葉を叩く太い雨が見えます。公邸も事務所も非常用発電機は2台で、地下に燃料タンクがあります。停電が長いから2台目に切り替えて1台目を休めてやるのです。
困った事にナイジェリアの外務省では停電の間、建物の維持に入用な電気以外は停まったままです。丁度ニューヨークでは国連改革が動いていました。安保理の常任理事国は米露英仏中の5か国です。日独は米英仏と相談して数を増やす案を考え、それにアフリカから1か国足すかどうか、そんな提案が交渉中でした。停電の間は、提案も国連の議論も外務省は取り出せません。大使館は発電機があるので国連文書などを複製して届けるようにしました。真っ暗な外務省の階段を登り5階のアリヨ・アジア局長の部屋から7階のリンダップ国際機関局長の部屋まで行き、3人で打ち合わせます。大統領とは大方針は相談出来ても、現場に指示するのはこの2人です。
結局この時、6日間階段を登りました。官公庁はどこも議員のコネで余分に人を雇います。外務省では各階ごとに名前を記帳する受付があります。毎日1階から7階まで順にコンニチワ、と挨拶しているうちに顔パスになりました。それからは停電になるたびに書類を届けました。5階と7階の階段門番、それに2人の局長付き秘書には日本からの土産をさしあげました。
穏やかな人柄のリンダップは、国際会議の専門家で理屈を言えます。ニューヨークやジュネーブで欧米人と議論して、不正を不正と言えます。彼の住む街はハウサ族やヨルバ族など少数民族の行き交う街道に面していて、民族間の緊張で教会が襲撃された時に、家族をロンドンに移しました。政治の不正と停電は石油利権の結末だと指摘します。
アリヨは人情家で、東日本震災の時には真っ先に電話で安否を聞いてくれました。融通無碍な大人の風もある人です。
暗い部屋で、3人で即席珈琲を水で溶かし日本のお菓子でお茶をしました。
「我国は産油国なのにどうして停電する? なぜ製油所と発電所を増やさない?」
「国民が電気はタダと思っていては、経営が成り立たないさ。道端のマンゴの木の実を食べて金を払う者はいない」
「職を生み産業を興すためにも発電能力を倍増しよう」
「エジプトや南アフリカの方が(人口は少ないのに)発電能力は大きい、アレはどうしてだ」
「それは政治家の賄賂のためさ」と話は賄賂の話になります。「賄賂の原資が石油なら、石油を恵みとも言えまい」
「石油だってなくなるよ。30年の物差しで石油を産業に変える政治が必要だ」
「ナイジェリアは人口増がプレッシャーだ。結局みんなで石油を食べてるのさ。補助金やら輸入枠の融通は賄賂に姿を変えて皆が潤う。民は食わせなくちゃ」
「イバダン市場の有力者を囃す風刺歌で、♪アデディブさん、朝から市場を散歩すりゃ、米でも芋でも降って来る、ワシに寄越せと云うまでもない、マーケットママは彼が好き、右から左から、毛毟られた鶏が懐に転り込む……と謡われたアデディブを見なよ。無筆だが毎朝裏門に人がたかる。何でも煮込んだ大鍋が煮えていて、誰でも食べられる。大鍋が毎朝2つだ」
「無料かね」
「その代わり選挙の時働く。彼の推す候補の票を投票箱いっぱいに詰め込んで開票所に届ける」
アリヨ大人が話をまとめます。
「200年前、石油で電気を作るなんて誰も知らなかった。200年後、石油で電気を作るなんて誰も考えないよ。石油を掘り尽くしてるから」
ある日オバサンジョ大統領から電話です。すぐ来て欲しいとのこと。官邸に名古屋から専門家が来ていました。「我々は中部電力です、M物産に頼まれました、中電管内の送配電網の自動切り替えシステムを説明します」
そこで大統領と数人の大臣とともに聞いた内容が素晴らしかった(電力大臣は生憎選挙区にいました)。ぼくは素人ですが、緊急時に切り替えて電気を融通すれば、停電時間が短くなると理解しました。事故のあった配電網を遮断し、必要とする場所に他のルートから一瞬で電気を送れるようです。
「人が感じないほど短時間で復旧します」
欧米の停電を聞きました。
「2年前の発表では、停電時間は、独が年間に5時間何分、米国は17時間です。中電は5分17秒でした」
「5分間の事故が起きたんですか」
「事故もそうですが、細かい自動切り替えは常に起きます。お客様には感じられませんがごく短時間の停電はあります。それで合計年間5分になります」
ドイツの専門家にも聞いてみました。
「我々は完璧を目指していない。配電網は風水害で攪乱されるもの。道が寸断されたら復旧に時間がかかるものさ。問題なのは停電の長さか? 違うな。我々は電気を遠方まで運ぶより、需要のある場所で、企業と家庭の傍で賄う事を選ぶ。発電し蓄電する太陽発電と風力発電を奨励することにした」というのが答えでした。
田中映男(たなかあきお)
1947年、東京都生まれ。1971年、外務省入省。2010年にオーストリア大使を退職するまでの40年間に、海外の任地に8回勤務、80カ国以上を訪問。趣味は茶の湯、陶芸、銅版画など。
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