気取らず 威張らず|清野恵里子

16|春を告げる


 

 春先のわずかな時間、葉も茎も根も、余すところなく味わうことのできる若ゴボウの味を知ってから40年近い時間が経過した。
 『うちのおかず』(土井信子著 主婦の友社刊)という名の本作りに参加した親しい友人が、レシピと共に一束の若ゴボウを送ってくれたのがきっかけである。
 我々のような東の人間にとってはほとんど馴染みのない若ごぼうは、大阪府八尾市の特産である。
 葉と根を除いた長い茎を、5センチほどにザクザクと切って水に浸してあくを取る。根もたわしでゴシゴシと泥を洗い、大きめのささがきにしたら、水を張ったボールに放ち、ざるにあげる。
 「春の苦み」はたいせつな旨味である。あくを抜き過ぎては、ぼんやりしたつまらない味になってしまう。あくの抜き加減はなかなかに難しい。

 新聞紙に包まれた若ごぼうに添えて送られたレシピに従い、一緒に炒める油揚げとこんにゃく、いりこ、調味料の酒、醤油と砂糖少々を用意した。


 油を敷き、順序など気にすることもなく材料を炒め始めると、鍋から立ち上るいい匂いに、「絶対美味しい!」と生来の食いしん坊は確信。みるみるうちに変わる茎の鮮やかな若草色にも感動した。酒と醤油に、ほんのちょっとの砂糖を加えると、いとも簡単に若ごぼうの炒め煮が完成。さっそく菜箸でお手塩に盛って味見する。
 シャキシャキの食感を残した茎とやわらかなこんにゃくに、いりこの煮汁を吸った油揚げのかすかな甘みが相まって、忘れられぬ味となり、以来、毎年欠かさず取り寄せるようになった。
 40年近い歳月のうちには、時間の経過に気が付かぬほど日々忙殺される年もあって、取り寄せるタイミングを逃すことが続き、いつの間にかそんな習慣もなくなった。ようやく穏やかに過ごせる日常が戻り、身の回りの整理など始めるようになると、何気ない味の記憶がよみがえる。つい先日、急に若ごぼうの味が恋しくなって、心安い西の友人に頼んで送ってもらった。
久しぶりの春の苦み。そうそう、この味である。

 

清野恵里子(せいのえりこ)

群馬生まれ。文筆家。伝統芸能や、古美術、工芸、映画など、ジャンルを超えて、好奇心のおもむくまま、雑誌の企画、執筆など続ける。独自の美意識に基づくきものの取り合わせは、多くのきもの好きに支持される。『咲き定まりて 市川雷蔵を旅する』、『時のあわいに きものの情景』など著書多数。