忘れものあります|米澤 敬

29|百人の「さぶ」


 

睡眠前の読書が日々の習慣になったは、30代以降のことだ。読み聞かせをしてくれたり、昔話を語ってくれるような両親ではなかったので、幼児期には布団に入ったら、大抵すぐに眠りについていた。あるとき、滅多に家にいない父親が、何の気の迷いか子守唄を歌ってやると言い出した。「ドンパン節」だった。「うちの親父はハゲ頭、隣の親父もハゲ頭、ハゲとハゲとが喧嘩して、どちらもケがなくよかったね」というあれである。おとなしく寝つけるはずもない。親父が歌いたかっただけなのだろう。それで懲りているはずなのに、うっかり父親に「お話」をせがんだことがある。語ってくれたのは、こんな話だった。「こっちの山に大きな大きな蛇がおった。夜になると蛇は、あっちの山へ行くことにした。蛇はズルズル、ズルズル、ズルズル……(中略)……ズルズル、ズルズル……(後略)。あっちの山に蛇がついた頃には朝になっていたので、蛇はこっちの山に戻ることにした。蛇はズルズル、ズルズル、ズルズル……(中略)……ズルズル、ズルズル……(後略)。こっちの山に蛇がついた頃には夜になっていたので……」。「やかましい! もういい!」と、親に無闇に物語をせがむものではないことを幼い肝に銘じた。
中学、高校時代は、あまり小説は読まなかった。カフカやサルトルはまあまあ読んだが、背伸びをしての読書だから、就寝前の習慣というほどにはならない。大学時代は、現象学や経済哲学や現代美術論などの本をよく開いたが、これも背伸びと見栄が絡んでいたから、熱心に本に向き合っていたとは言いがたい。
編集という仕事に就いた後は、昼も夜もない。あまり布団で寝ることもなく、横になると気絶するように眠りに墜ちていた。日付が変わる前に自分の部屋にたどり着けるようになって、ようやく就寝前の読書習慣が身についた。当初は内外のミステリが中心であり、ときには朝まで夢中で読み耽るなどということもあった。さすがに近年は、そんな「夜明けの睡魔」体験はない。
このところ、というか、もうずいぶん長いこと、布団の中の読書は山本周五郎が定番である。50冊ほどの文庫本を繰り返し読んでいる。当初は『正雪記』や『樅の木は残った』のような「大きな物語」が好みだったが、次第に周五郎本人の言う「こっけいもの」や「職人もの」に魅力を感じるようになってきた。とりわけ『さぶ』は、読むたびに心が動く。

タイトルは、表具屋の若い未熟な職人の名。のろまで風采も冴えない。一方、その友人の栄二は器用で男前で喧嘩も強く、先輩職人たちからも一目置かれている。物語は、そんな対照的な二人の互いに対する想いを象徴するエピソードで幕を開ける。そして以降は、タイトルを裏切るように、話はあくまで栄二を中心に展開する。表具職人として将来を嘱望されていた栄二が、身に覚えのない罪に落とされて、信じていたものすべてに裏切られたと思い込み、暴力沙汰を引き起こし、石川島の人足寄場に収監されてしまう。
栄二は、恋人への想いも断ち、世間への復讐を誓い、かたくなに他者とのコミュニケーションを拒み続ける。デュマの『巌窟王』では、そんな隔離空間での体験を糧に、世間に戻った主人公が見事に復讐を遂げて、読者は「カタルシス」を味わうのだが、周五郎はそうは話を運ばない。復讐といっても、それが逆恨みによるものなのか、まっとうな恨みによるのものなのか、一概には決められない。だから復讐は連鎖する。そこで作者は、「許す」という「きれいごと」をいかに「必然」にするかに筆を尽くす。

要するに、栄二の成長物語だと言ってしまえばそれまでなのだが、当のタイトルになった「さぶ」の方は、まったくと言っていいほど成長しない。最初から最後まで鈍重な「さぶ」は「さぶ」のままなのである。ただ、表具師としては半人前ではあるけれど、さぶのこしらえる糊が他には真似のできないものであることを、栄二は早くから認めていて、独立して二人で店をもつ夢も抱いていた。
そしてそんな夢を断念した人足寄場の栄二のもとへ届いた、一見下手くそで子どもの手跡のようなさぶの手紙を見たことが、栄二の最初の転機となる。さぶの文字こそが「本筋」であることに気づいた栄二は、字では「おめえはおれの上に立っているんだぜ」とさぶに告白する。

栄二のようなタイプの人間は、さほど稀ではない。一方、さぶのような人物は、なかなかいない。そう思っていた。しかし実は、こちらの眼がたくさんの「さぶ」を見ていなかっただけであり、見ようとしていなかっただけなのだ。

「能のある一人の人間がその能を生かすためには、能のない幾十人という人間が、目に見えない力をかしているんだよ」(山本周五郎『さぶ』より)。


米澤 敬(よねざわたかし)

群馬県前橋市出身。小学校ではは新聞委員をつとめ、中学校では卓球部、高校では生物部に所属した。以後、地質調査員、土木作業員、デザイナーを経て、現職は編集者。